テーマはエジソン 1

 それはオーディーンがビートローダーに乗ってパトロールをしていたときのこと。交通の邪魔にならないよう、道路の端を走行していたオーディーンは、角のところで人とぶつかりそうになった。

「おおっと、失敬」
 はずみで謝ると、相手も
「こちらこそ、ごめんなさい」
 と返してきた。そのままビートローダーを発進させようとして…返事が返ってきたことに対する違和感に気付く。慌てて振り向くと、地球人の方もオーディーンと同じような表情でふりむいたところだった。
「麻美か」
「オーディーン!」
 彼女はこの星の数少ない協力者の1人、水沢麻美である。年の割にしっかりしており、自分のことをミクロマン達の保護者…あるいは姉弟のように思っているような気がする。自分たちとの年齢差を考えると奇妙な話でしかないが、あまり悪い気はしない。場合によっては、彼女の方がミクロマン達よりもはるかにしっかりしているように思えることも多い。
「今日は、耕平の家に行くんじゃないのか?」
 飛び乗った彼女の手のひらの上から服装や手荷物をそれとなく観察して、オーディーンは訊ねた。
「今日は図書館に行くの。耕平くんなんか、さそっても来ないもの」
「ちがいない」
 その様子を想像すると同時に、誘ったら喜ぶだろう人物の顔が頭に浮かんだ。
「あ、エジソンなら誘ったら喜ぶわよね。呼んでみようかしら?」
 どうやら麻美も同じことを考えたようだ。そう言ってミクロッチに手をやろうとする麻美を手で制す。
エジソンなら、今は休眠中だ」
「え?へええ…めずらしいわね。そういえば、私が耕平くんの家に遊びに行くときに、エジソンが起きてないときって無かった気がする」
「そんなこともないだろうが…あいつは、昨日は1日中働きっぱなしだったからな。休息しなければ身が持たないだろう」
「そうね。エジソン、昨日は大変だったものね」
 と、昨日の出来事をひととおり回想したらしい麻美は、どういうわけかオーディーンににっこり微笑んだ。昨夜のやりとりはわかっているとでもいいたげな表情に、オーディーンは内心舌を巻くのだった。

「オーディーンは?」
「ん?」
「良かったら、私と図書館に行かない?」
「そうだな…行ったことがないところに行くのもパトロールのうちだろう」
 麻美はビートローダーをバッグにしまい込み、オーディーンを肩に乗せ、市立図書館に向かった。道すがら、とりとめのない会話を楽しむ。
「麻美は何を読むんだ?」
「この前借りたのは、ファンタジーなお話だったわ。世界を守るために、妖精や人間達が協力して、魔王の指輪を壊す旅にでるっていうお話」
「指輪を壊して、どうするんだ?」
「その指輪を魔王が手にすると、魔王が本来の力を取り戻してしまうの。普通の方法では壊せないから、魔王の国の火山に捨てに行くのよ」
「それで指輪は壊れるのか?特別な指輪なんだろう?」
「さあ…私もまだ、途中までしか読んでないのよ。続きを借りに行くところなんだもの」
「なるほど」
 民家の並びに唐突にうっそうとしげる雑木林があらわれる。
「なんだ?ここは」
「ここは確か、奥に古いお寺があるのよ。なんだか不気味だし、あんまり来ないわ」
「ふうん?良い遊び場になりそうだがな」
「学校で、けっこう怖い話を聞くのよ。『誰もいないのに人の話し声がする』とか〜」
「そういう話はどこにでもあるものだな」
ミクロマン達もそういう話をするんだ?」
「ああ。そうだな、俺がまえの星で聞いた話なんかは…」
「……」
「……」


 そうこうするうちに、目的地に到着。
「オーディーンはどんなの読むの?」
「そうだな…」
 と言われても、どんな読み物があるのかあまりピンとこない。本を読む習慣がないし、やはり自分には英雄譚のようなものがわかりいいだろう──
(いや、ちょっとまてよ…)
「麻美、さっきの…」

 というわけで、オーディーンは「指輪物語」を読むことになった。
「けっこうあるわよ?読み切れるかしら…」
 という麻美の口調は、久しく眠っていたオーディーンの活字に対する情熱を呼び覚ました。だが、自分の前に「指輪物語」全12巻がつまれると、久しぶりに日の目を見た感情はあっさりとおとをたててしぼむのだった。
 (本人は隠しているつもりだが)露骨に表情を変えたオーディーン。麻美は必死に笑いを堪えながら──まったく、どちらが年上だか──どうにかとりなした。
「…まあ、つまらないようだったら、他の本読めば良いんだし。そうね、オーディーンが読むにはちょっと子供っぽいかもしれないわね〜」
「ああ…まァ、そうだな」
 多少表情を引きつらせながら、オーディーンはそびえ立つ本の一番上を目指してよじ登りはじめる。
「くっ…」
 垂直にそびえ立つ全12巻の指輪物語。本と本との間にかろうじて指先をこじいれ、全身全霊の力で身体を持ち上げる。
「…づおおおおッ!」
 ぺし。
「おわっ!?」
 麻美にはたかれ、大げさなリアクションで机の上にぽとりと落ちる。
「なにやってんの…言えばいいでしょ」
「ああ、つい」
 麻美は半眼になりながら、1冊目を手に取り、ミクロッチのボタンを押す。
「ほら、これで読みやすいでしょ」
 ミクロッチで小さくした本をつまみ上げ、オーディーンに渡してやる。
「なるほど」
 オーディーンは無邪気に喜んで、本にかじりつき始めた。
(…結構本気で読書が好きだったりするのかしら)
 半ば呆れ、半ば感心し──麻美も物語の続きにとりかかった。

 剣と魔法の世界。なんというか──ファンタジーというものは、思っていた以上にオーディーンの触れたことのない世界だった。オーディーンとて幼い時分には童話のたぐいは読んだものだった(と言っても、いつのことだか…)。それらの内容と照らし合わせるに、ファンタジーというものはすこぶる非科学的だった。単にそう感じただけで、実際にミクロアースで読んだ絵本などを読み直す機会があれば、そういった意味では大差のないものだったのかもしれない。
 故郷を失って以来、現実のみを見つめ続ける生活が続いたオーディーンには、ファンタジーはとにかく斬新だった。そういう意味での創作活動を、ミクロマンは種族的に絶やしていたのだから。
 「不思議」という言葉で無限の可能性を紡ぎ出す想像力に目を輝かせ、オーディーンはただただ慣れぬ地球の活字を追い続け──

 そうして、気付けばいつのまにやら閉館の時間になっていた。
「今日は自分ばかり楽しんでしまったようで…すまなかったな」
 ちょっと照れながら、それでも嬉しそうなオーディーン。麻美も何だか気恥ずかしいような気分になってくる。
「謝られることじゃないわよ!私も面白かった〜!」
 オーディーンがね、とは言わないでおく。
「礼と言っては何だが。家まで送ろう」
「ホント!?」
 早速ミクロ化しようとした麻美は、何か思いついたように手を止める。
「一応言っておくけど…オーディーン」
「何だ?」
「家の外まででいいからね!」
 思わずビートローダーのシートからずりおちるオーディーン。
「…ッ。麻美っ!!」
「冗談よ〜」
「子供が言って良い冗談と悪い冗談があるぞ、麻美」
「はは、ごめん」
 隣のシートに身軽に飛び乗る麻美に、オーディーンはせいぜいしかめつらしい顔を作ってやる。
「謝ればいいってもんじゃない!まったく…騎士の称号を持つこの俺にとっては、大変な侮辱だ。不愉快きわまりない」
「もう〜、悪かったってば!…私が悪かったです、騎士様!よろしかったら家まで送っていただけますかしら?」
 ややぞんざいに謝る麻美の手を取り、オーディーンはいかにもうやうやしく頭を下げた。
「それでは、姫。お望みどおり、家の前まで送らせていただきましょう」
 そういって顔を上げ、微笑む──その、いかにも騎士然とした仕草、表情に、麻美もドキドキしてしまう。
(うわ、格好いい──!?)
「いかがされました、姫?」
「知らなかった、私──、お、オーディーンが」
「?」
「オーディーンが、こんなに面白い人だったなんて!…あ、ホラ、へんな意味じゃなくて。他のミクロマン達は、わかりやすいって言うか…考えてることがすぐ顔に出るし、すぐ口に出すし。なんていうかな、そのう──」
 必死に言葉を探す麻美に、オーディーンはにこりと笑った。
「光栄です、姫」
 麻美も笑い返した。