怪盗のある店

 犯罪組織ギャングラーのボスであるドグラニオ・ヤーブンが国際特殊警察機構に逮捕され、人類がギャングラーに脅かされる毎日はもう昔のこととなりつつあった。しかし、まだ過去のものにはなっていない。
 平和を守る為の戦いは、かつてのものに比べればひっそりと、でも変わらぬ激しさで続いている。国際警察では今なお戦力部隊パトレンジャーがルパンコレクションを駆使してギャングラーを追い、人々のあずかり知らぬ所ではルパンレンジャー達もまたルパンコレクションを追っていた。

 

 市民からの情報提供を受けて、国際警察のパトカーがやって来たのは国道沿いの住宅街。たった1人、捜査に訪れたのは朝加圭一郎。
「ジム、情報提供のあった地区に到着した」
「圭一郎さん、住人のみなさんに通報のあった情報について聞き取りをお願いします」
「了解」
 オフィスのジム・カーターと簡単なやりとりをして、圭一郎は1軒1軒、住宅をまわる。インターフォンのモニター越しに圭一郎の制服を見ると、人々はねぎらいの言葉を掛け、彼の言葉に真剣に耳を傾ける。それだけのことが誇らしく思えた時もあったが、彼らの目指すものはそこではないから、圭一郎は彼らの協力に感謝し、安全を約束し、次の門扉を尋ねる。
 そうやっていくつもの住宅から情報を確認してみて、圭一郎はおや、となる。確かにこの地区で異常が確認されているようだ――だが、その内容についてはばらつきがあるような。近頃では、情報を確認するうちに単なる勘違いであったという場合も多い。それだけ平和になったということでもあるし、それだけ市民は今なおギャングラーの影に怯えているということでもある。
(まあ、今ここであれこれ考えても始まらん)
 一区画をようやく回り、圭一郎がなんとなく一息ついたはずみに、ふとその建物が目に入った。赤い屋根に洒落た洋風の作り。どこかあの懐かしいフランス料理店を思い出させるたたずまいの入り口には「アンティークショップ」の看板が人目をはばかるように掛けられている。圭一郎はなんとはなしにきょろきょろと周囲を伺ってみるが、見覚えのある人物があたりにいるような様子もない。圭一郎は大きく息を吐き出して、ゆっくりと入り口のドアを押し開く。
 失礼しますと声を掛けて視線を巡らせるも人の姿は見当たらず、そのまま店内をそぞろに歩く。ショーケースに陳列されているのは主に洋風のインテリアや小物たちで、香水瓶、カメラ、タイプライター、ランプ、椅子、キャビネット……細かな細工の施されたピアノ(に見える)もある。使い込まれた一つ一つにはそれぞれの存在感があり、ともすれば引き込まれそうになりながら、圭一郎はそれらの中にあるものがないだろうかと目をこらして歩く。
「これは失礼。いらっしゃいませ」
 店の奥からゆったりとした声とともに店員が現れた。初老に見える落ち着いた物腰の店主に、圭一郎は身分証を見せながら失礼を詫びる。
「国際警察のパトレン1号さんですね。ご活躍は存じております。お勤めご苦労様です」
(……?)
 笑顔を見せた店主に誰かを思い出しかけたものの、それが誰なのか圭一郎には良く思い出せない。丁寧な言葉に恐縮しながら他の市民に尋ねたことを繰り返し尋ねてみるが、店主には思い当たることはないようだ。
 ひとまずは協力に感謝し、その店を出てしまっても良かったのだが、圭一郎にはやはり気になることがあった。
「失礼ですが。……こちらの店で、なにか不思議な品物が入荷されたというようなことはないでしょうか」
「と、いいますと」
「ご存じかと思いますが――」
 この世界ではないところから来たギャングラー達は、自分たちに備わった不思議な力を用いて犯罪を行うが、“ルパンコレクション”と呼ばれる不思議な力を備えた道具を使用する場合もある。圭一郎達自身もコレクションの不思議な力を利用してギャングラーを追っているわけだが、そうとは知られずに人々の手に渡り貴重品として扱われているものも存在する。
「例えばペンダントヘッドなど、アクセサリーとして用いられていたという事例もあります」
「なるほど。それは興味深いことです。そういうことでしたら店内を自由にご確認頂いて結構ですよ。何かございましたら、私からご説明いたします」
「それは助かります」
 圭一郎が頭を下げると、店主は返事の代わりにこぶりな帽子を軽く持ち上げてみせる。どこか海外の俳優を思わせるような顔立ちの店主にはその仕草がとても似合った。それでいて彼の話す言葉は圭一郎の上司であるヒルトップと比べてごく自然なものだ。彼についても興味がわくのを覚えたものの、オフィスに戻ってから調べることもできるだろう。店主の許可を得て、圭一郎は再びゆっくりと店内を回り、展示品の一つ一つを観察する。共通しているのはどれもが良く使い込まれた品物であるということだ。オペラグラス、ブローチ、カトラリー……。
 ショーケースの片隅に、ぽつんと納められた古い本が置かれている。ぼろぼろの背表紙にあまりにもなじみ深い単語を見つけて、圭一郎はまるで憎いかたきを見つけたようにその古書を凝視する。
「失礼、店主。こちらの品は」
 圭一郎が声を掛けると、店主は機嫌良くショーケースまでやって来て、ははあなるほど、と頷いてみせる。
「こちらは“怪盗紳士ルパン”のエディションピエールラフィット社から出版された初版本となっております。傷みが激しいのでこのままで失礼させていただきますが、私が当店を始めるきっかけでもあります」

 国際警察の方に紹介はしづらい本ですが、と店主はいたずらっぽく言い添えるので、圭一郎も笑って肩をすくめる。
「お気になさらず。この本がこの店を始めるきっかけ……ですか」
「ええ。昔から古い物を蒐集するのが趣味でして、時折、気を許した友人に見せて愉しむと言った具合で。そんなある時、友人が私に預かって欲しいと言って持ってきたのがこの本です。私が了承すると、彼は不思議な言づてを添えたのです。いつか君がその本を読んで欲しいと思う人物が現れたら、それを渡して欲しい、と」
 以来、この物好きな店主は、この本を譲る相手を探すためにこのアンティークショップを始めたというのだ。道楽好きのすることは自分のような人間にはピンと来ないな、と圭一郎は感心半分、呆れ半分で相づちを打つ。
「そうですか。ちなみにそのご友人は、どのような……」
 圭一郎の言葉に、店主は困ったような顔を見せる。
「残念ですが、彼は数年前、他界いたしまして……」
「それは――、失礼しました。お悔やみ申し上げます」
 頭を下げる圭一郎に恐縮しながら、店主は曰くありげに目を細める。
「お気になさらず。……ですが、少し残念ではありますね。彼ならきっと、あなたの様な若者を気に入ったでしょうからね」
「?」
「ああ、久しぶりに友人のことを思い出してしまいましてね。埒もないことを申しました」
「……いえ」
 店主の穏やかな表情からは、特別になにかを読み取ることはできない。圭一郎はぼんやりとした予感を追いやって、ぴしりと敬礼。
「それでは。お時間を頂き、ありがとうございます。もし何かお気づきのことがありましたら、国際警察までお知らせください」
「こちらこそ。ご足労頂きありがとうございました。是非また、いらしてください」
 言い添えられた一言に、圭一郎は店を出た後から首を捻る。
「……おかしな店だ」

 

 


 圭一郎の去った店内では、密やかな会話が交わされている。
「彼がノエルの新しい友人か」
「ノエルより先に警察がここに来るなんてなあ」
「隠れることはなかったんじゃないかい。グッドストライカー」
「それはお前があいつの面倒くささを知らないからだぜ」
「フム、そうかね」
 膝の上で喋るルパンコレクションを猫のように撫でながら、店主は蓄えた髭をひとつ、つい、としごいて。
「また来てくれるだろうかね、彼は」
 いたずらを思いついたような笑い方は、かの潜入捜査官――高尾ノエルに良く似ている。それを見上げて、グッドストライカーは諦めたようにため息を一つついた。