未知への挑戦 2

 洗濯場の一角を借りて鎧を洗うクレオとクワンダ。その傍らを過ぎていく人々は、彼らを盗み見るように伺いはしても、声をかけようとはしない。いや、声をかける者もいるのだが、何かを言いかけるようにして、何も言い出せずにその場をそそくさと立ち去ってしまったりする。
 皆が皆、聞けずにいた。クレオの横にいる人物が、一体誰なのか。
 2人はそんな周囲には頓着せず、黙々と鎧を磨いている。そうこうしている内にも、クレオは自分の胸当てをさっさと磨き上げてしまった。顔を上げると、真剣な表情で、自分に言われたことを真に受け止め、彼女の隣で鎧を磨いているクワンダがいた。
「クワンダ殿、お手伝いさせてください」
 そう言ってクレオが籠手を取り上げると、クワンダはそれを取り返そうと慌てた。
「いえ、そういう訳には!これは、自分の仕事ですから!」
 相手が男であれば強引に奪い返すところだが、それが女性とあっては手の出しように大変困る。クレオが小脇に抱え込んだ籠手に向かって、両手を所在なく彷徨わせる姿は傍目に大変情けないものになってしまった。
「いいえ。おつきあいしていただいたお礼ですから」
 そう言ってにこりと微笑むクレオ。断り切れず、クワンダは曖昧に礼を言って頭をかく。

 ぴかぴかになった甲冑を天日にさらし、2人はその場に腰を下ろしたままトラン湖を眺めていた。
「クワンダ殿、ご自身の部隊のことはよろしいのですか?」
「あちらは部下の方に任せておけば構いません。マッシュ殿からも
『今は部隊を整えて備えよ』
という指示しかありませんからね」
「……」
「軍師殿も苦悩しておいでだろうな。昨日の様子では」
 妙に落ち着いた風のクワンダをクレオはいぶかしく思った。
「クワンダ殿?」
「はい?」
 クレオの考えている事は、何となく分かった。クワンダは皇帝を諫めるために反乱軍に加わった。つまり反乱軍に加わった事自体がクワンダの意思表示であり、その意志が皇帝に伝わったのならば反乱自体の勝敗を問わない――そんな風に考えているのではないか。
「ご心配にはおよびません。クレオ殿、俺も武人の端くれ、どんな戦であれ勝つことを第一に望んでいるつもりです」
「あ…その、すみません」
クレオ殿が謝るような事ではありません。弱気に取られてしまうような将ではまだまだ精進が足りないという事です」
「いえ、本当に、むしろ私のほうこそ」
 しどろもどろになるクレオにクワンダはつい笑ってしまった。
「失礼。これはあなたの胸におさめておいて頂きたい事なんですが、正直、反乱に加わる事を決めたその時には、そんな風な考えもありました。でも、ここの連中と戦っていると、勝ちたくなるんです。俺の部下達もそうです。今まで敵だった山賊連中や湖賊連中としょっちゅうケンカ騒ぎをおこしてるのに、戦の時には肩を並べて戦っている。不思議なところですよ、ここは」
「そうですねえ」
 クレオは、諦め口調で相づちを打った。
「みんなバカになる」
「そ、それは身も蓋もない」
 言われてクレオははっとする。
「失礼、つい愚痴が…」
 愚痴と言うよりは地が。ゴホンと咳払いをひとつ、クレオは立ち上がった。
 その時にはもう、普段通りのさばさばした表情に戻ってしまっていた。
 なんだかそれが、ひどく残念に思えてならないクワンダだった。
「長々私の気晴らしにつきあっていただいて、ありがとうございました。少し坊ちゃんの様子を見に行ってこようと思いますので、失礼します。あ、甲冑はあとでお部屋にお運びしますから、そのまま置いておいて下さって結構ですよ」
「そう言うわけにはいきませんよ、こんな重い物を」
「では、お手伝いさせて下さい。それでは」
 普段からなのだろう、早足で、真っ直ぐ歩き出したクレオの背中を、何とも言えない表情で見送るクワンダ。
「元気づけるつもりが…こっちが逆に愚痴を聞いてもらうハメになるとは。たいした女性だ…うん。俺ごときがでる幕ではなかったようだな」
 一人頷くクワンダ。
 頷いて、それからちょっとだけ肩を落としていると。
「スタア城へようこそ――」
 クリン少年の元気な声が。みれば、一艘の小舟がちょうどつけたところだった。
 そこから顔を出した男を見て、クワンダはますます渋面になってしまう。
「やれやれ、やはり俺の出る幕ではなかったようだな。…少し残念な気もするが」
 頭をかいて、ひとりごちる。
「将軍、ここでしたか」
 男とすれ違ってこちらにクワンダの部下が駆けてきた。
「もう俺は将軍ではないぞ」
「…はあ、なんですか。拗ねないで下さいよ」
「拗ねてなどおらん」
「そうですか?なら結構ですが。マッシュ様が皆様を呼んでおいでです」
「ふむ、何か策でも浮かんだのかな?すぐに行く」
 腰を上げるクワンダに、部下がおそるおそる声をかけた。
「クワンダ様、甲冑はいかがいたしますか?」
「あ…そうだったな」
 部品を全部はずしてしまった甲冑を今から装着するには、だいぶ手間がかかるだろう。
「しかたない、これだけでもかぶっていくか」
「それは流石に…」
「変か。…そうだよなあ」

 しばらく後、結局、兜を小脇に抱えて軍議に参加するクワンダの姿があった。


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以前、クワンダ将軍の兜の中身を検証しよう、という自サイトの企画をした際に
惰性で書き加えたエピソードです。
中途半端な残り方をしているのがアレですが、
クワンダもクレオも好きなので履歴残しくらいのつもりであげておきます。