ポメラの来た日 8

 しとしとしとしとしとしとしと、雨は止みそうで止まない。子供たちが学校から帰ってくるにはもう少し。路地はつかの間、穏やかな静寂の中。
 ザハークは窓際にミニちゃぶ台を移動させて、ポメラを開いたまま、のんびり外の様子を眺めている。
 ポメラの隣には甘さ控えめ、苦みのきいたホットレモネード。部屋の客人、オロクからの差し入れである。
 驚いたことに、これは彼の兄の手によるものらしい。聞いてみれば当然で、彼には料理人の経験があるらしかった。
 オロクは部屋に入ってからほぼ無言のまま、狭い部屋の中、ザハークの反対側の位置を器用に陣取って、頭にタオルを被ったまま黙々と雑誌をめくっている。
 反対側といっても、ちゃぶ台とオロクとの隙間にもう一人座ればそれでいっぱいいっぱいとか、その程度の間合いでしか無いのだが、わざわざレモネードのカップを床においているのは「距離を置いている」という主張なのだろうとザハークは判断していた。
 レモネードを一口。良い味加減だ。簡単に作り方くらい聞いておこうか。そうすれば飲みたいときに自分でも飲める…
「気に入ったのか?」
 声に振り返ると、オロクが雑誌から顔を上げていた。
「…ああ。これはおいしいね。後で作り方を聞きたいな」
「ふうん。こういう飲み物はあんたの口にあわないと思ったんだがな」
(…あわないと思いながら持ってきたのか)
 そこは追求しない方が良さそうだ。
「欲を言うなら多少アルコールが入っていれば、とは思うがね。甘すぎないから苦みが引き立って飲みやすいと思うよ」
「あんた、意外とあの馬鹿と話が合うのかもな」
 おや…。
「…ふむ、君にはそう思えるのか」
「単に思いつきで深い意味は無いよ」
 少々困ったような様子で、オロクは再び雑誌に目を落とす。とっくに気づいているのだが、とにかく気乗りしない様子でただページをめくっているだけらしい。だったらいっそのこと時刻表でもめくったら良いだろうに。機嫌が悪くなるだろうから言わないでおくが。
 自分の手元に視線を戻して、ポメラの画面が落ちてしまっているのを見つけて、口元だけでちょっとだけ苦く笑う。そんな気配に、なんとなくオロクも気づいたような、そんな気配。
(まあ、こういう時間の使い方も悪くないさ)
 少なくとも、レルカーでは。
 ザハークは再び窓の外に目をやる。
 雨はようやく止みそうな気配。しかし、風が出てきたようだった。
「それ」
「ん?」
 再びオロクのほうを振り向く。
「まだ飲むようだったら残ってると思うぞ。飲むか?」
「…そうだな、もう少し飲もうかな」
 立ち上がろうとすると、オロクが困ったような顔になった。
「なんだ、座ってろよ」
 オロクも立ち上がり、ザハークにカップを寄越すように催促する。
「いや、大丈夫、自分でいくよ」
「あのなあ、今の会話の流れでどうして自分で取りに行くんだ。変だろ」
「…変だったかな。じゃあ、一緒に行くか」
「嫌だよ」
「そうか、変で嫌なのか」
「そこまで言ってないよ」
 仕方なく、オロクにカップを手渡す。「よろしく」というと、彼はあきれた様子で鼻を鳴らして見せたのだが、ひょっとすると笑ったのかもしれない。
(しかし、何だな…)
 再び、部屋に一人になって。
 階下から、なにやら賑やかな様子のきれはしのようなものがわずかに聞こえてくる。
(……こんな仕事をしていて、友人ができるとはね。まったく下手くそな冗談のようだ)
 ふう、と息をついて、ザハークは立ち上がり、さらに賑やかになりつつある階下に向かうべく部屋を出る。
(一緒に行かなければ変でもないだろう)
 今ならレモネードの作り方を直接教えてもらえそうな、そんな予感もするのであった。


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かわいそうだったのでザハーク追加。

そろそろカイルとか出してみたりしてー
なんて思い始めていたんですが
「おしまい」みたいなものを書いてしまいましたよ。

以前、自分が何書いているんだか良くわからないなー
なんてつぶやきましたけど
「去年、ルノアールで」みたいんもんだとフと理解しました。

カイルはアレとしてもリンドブルムはまだ書きたいような…。