はじまらないのはじまりED

 火炎槍の修理を頼むため、リューベ近くの山奥に住むツァイを訪れたネロ達。
 協力を取り付けたツァイを伴っての帰り道、静まりかえった森にキニスンが警告を発してからしばらく経つ。
 やがて鼻につく異様な匂い。日が沈んでかなり経つはずなのに、空がまだ赤い。何かがおかしい。ほとんど駆け足になって、足下のよく見えない山道を戻る。
 風に乗って、なにかが聞こえてくるようになる。もう、走り詰めで汗だくなのに、きんと耳の奥が冷たくなった気がした。
「悲鳴…!」

 それは、戦いなどというものではなかったはずだ。倒れているのは村人ばかり。すでに全く動かない者、また動いているわずかな者達もじきに動かなくなるだろう。
 そして、それらを縫って走り回っているのは、白い鎧に身を固めた兵士達。
「殺せ!焼き尽くせ!」
 ひときわ獣じみた声がネロの耳を打った。
 あの声は…。
 はたして、彼らは狂皇子ルカ・ブライトの凶行を再び目にする。



 ルカの前に、一人の女性が引き立てられた。
 命乞いをする女性に、ルカはこう告げた。
「豚のマネをしてみろ」
「は…?」
 しばらく惚けていた女性だったが、その瞳に何かの炎がともる。ゆっくりと身をかがめ、両手を地面に付けて四つん這い、やや伏せ気味になる。
「ブ…ブヒッ、ブヒ」
 鼻をひくつかせて、地面を嗅ぎ回りはじめた。周囲を囲む白狼軍の兵士達が見つめる中、もぞもぞとうごいていた女性は何気ない仕草で顔を上げた。
 兵士達は、女性の顔に重なって豚の顔を見た気がした。
 ほとんど気圧されるように立ちつくす兵士達。女性はその中でただ一人、うつろな表情で──豚そのものの表情で、鼻をあちこちに向けるようにして、のそのそとはい回る。
 その女性の行く手を遮るように、剣を手に提げたルカが正面に立った。兵士達は、炎を照り返す剣の輝きにはっとなり、顔を上げ、ルカを見た。
 そのルカの表情を。
 ルカは。
 自らかがんで、女性の両肩をそっと抱いた。
「ハイランド人間国宝になってくれ」
 兵士達は、自分たちの皇子が誰かに頼み事をするのを、この時初めて耳にした。
 その言葉を聞いて豚から人に戻った女性は、むしろ気高くルカを見上げた。
「それから、俺の妻になってくれ」
 女性は、何も答えない。その女性を立たせてルカはこう告げた。
「俺は初めて、豚でない人間に出会った」
 女性はルカの顔から目をそらした。女性が目をやる先々には、彼女の知っている人間が冷たく横たわっている。それに気付き、ルカは肩に乗せていた手を下ろした。彼には、そんな彼女に対してどうする資格もないことに、今更気づいたようだった。
 彼女が人間なら、彼は獣なのである。

 女性が再びルカの顔に視線を戻した。もうルカは口を開こうとしない。そのルカの顔を、瞳を、女性はじっと見据えてこう言った。
「今のあなたは人間に見えます」
 何を言ったのかわからなかったのだろう、はじめルカはその言葉に何の反応も示さなかった。やがて、二度ほど瞬きしてから、ルカはようやく吃驚した顔になった。
「俺を人間と言ってくれるのか」
 女性は黙って頷いた。
「ありがとう」
 母以外の人間に、初めて心から感謝した。
 ルカがようやく人間に戻った瞬間だった。



 幻想水滸伝2 完



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その昔人生で一番適当にかいた文章。
ぶたはしねーーーーーのルカ様大好きです。