メモ 1

 今日の朝食は、いつもより早めの時間。
 広いダイニングテーブルのいつもの席、広げられた朝刊の向こう側にパラダイムシティのネゴシエーターロジャー・スミスがいる。


「見たまえノーマン。この広告。このお嬢さんはなんとメガデウスの買い手を探しているんだそうだ。なかなかの見物になりそうじゃないか。フム」
「左様でございますか」
「ロジャー」
「今日はなかなか愉快な1日になりそうだ。ああ、待ちたまえノーマン。このサラダなんだが、今日は少しレタスが多いんじゃないか?」
「左様でございますか」
「ロジャー」
「味は悪くないんだ。歯ごたえもあるし、ドレッシングの味付けもおおむね好みだ」
「ありがとうございます」
「ただ、レタスという食材は他の野菜に比べてどうにも水っぽいと言うか――」
「ロジャー」
 3度目。
 ロジャー・スミスはようやく自分を呼ぶアンドロイドの声に気づき、新聞から顔を覗かせる。
「何だね、R・ドロシー・ウェインライト
 まだだらしなくボサボサ髪のままで怪訝な表情のロジャーに、ドロシーは感情の抜けた声でもう一度ロジャーを呼ぶ。
「ロジャー。…私、明日から休暇をもらうことにしたの」
 ロジャーは危うく朝刊を破りそうになった。
「ドロシー!…休暇?アンドロイドの、君が!?」
「ええ。労働者としての当然の権利よ。留守中のことはノーマンにきちんと頼んであるから何も問題ないわ」
 あくまで淡々と告げるドロシーのほうへロジャーは腰を浮かしかける。
「待ちたまえ。そもそも、私に相談も無く――」
「今、話したわ」
「それは事後報告というのだ!」
「ロジャー。私、明日からの支度があるから、今日の仕事を早めに終わらせてしまいたいの。それじゃあノーマン、ごちそうさま」
「ドロシー!R・ドロシー・ウェインライト!」
 ロジャーの悲鳴のような声に構わず、ドロシーはさっさと退席していってしまった。
 そしてノーマンが食後のコーヒーを運んでくる頃には、ロジャーはすっかり不機嫌のへそ曲がりになっている。
「ドロシーの事、だが」
「はい、ロジャー様。昨日、急に休暇が欲しいと彼女が申しまして。今は特別に何か忙しいというわけでもございませんでしたので宜しいかと」
「……」
「彼女に何か特別のご用がおありでございましたら申し訳の無いことをいたしました」
「いや…別に。彼女に特別な用などは、無い」
 面白くない、とは言えるわけもなく。
「左様でございましたか。安心いたしました」
「で。休暇とやらは明日だけなのか」
「いえ、3日間とのことです」
「み、3日!?」
 裏返った声をごまかすようにコーヒーを味わってから。
「ノーマン。彼女はアンドロイドだ。そもそも休暇など必要ない――その、肉体的な意味で」
「左様でございますな」
「その彼女が3日も休暇を取って、何をすると言うんだ」
「さあ。特には尋ねませんでしたが、ドロシーでしたら3日もあればいろいろな事ができますでしょう」
「……」
 ロジャーはむっつりと黙り込み、漆黒の液体を口に含む。
 一度主人を残して退出しかけてから、ノーマンは思い出したようなタイミングで。
「ああ、それから、もう1つ申し上げなければならないことが」
 ロジャーが陰鬱な目線で問いかけてくるのをさらりと受け流して、
「明日よりドロシーが不在の間、手伝いの者が参ります」
「手伝い?どういうことだ、ノーマン」
「お恥ずかしい話なのですが、ドロシーがやって来て以来、彼女に力仕事を頼ってしまっておりまして。たまたま簡単な手伝いを頼めそうな者をドロシーに紹介されたものですから、お願いしてしまいました」
 いよいよロジャーの口元がへの字になったところに、
「ロジャー様、よろしいでしょうか?」
 ばさり、と大きな音を立ててロジャーは新聞を広げ直す。
「…好きにしたまえ!」