ザムはげさん
いつもの悪ガキたちにからかわれたりムキになって相手をしたり、言ってみれば、だいたいいつも通りの昼下がりが過ぎて、ザムザは噴水の側のベンチにやれやれと腰を下ろした。
噴水の周囲は人通りはあるのだが、この賑やかな城の敷地の中では静かな一角になっている。たまにここにやってくるザムザもまた、ベンチに座ると大抵はボーっと空を見上げたり、人の流れを眺めたりと、珍しく物静かな時間を過ごしている。
その日もデュナンは快晴だった。ベンチにもたれてぐっと頭上を見上げると、青い空とそびえ立つラッキィ☆スタア城。
ふと、噴水側に向いた窓のひとつがザムザの視界にとまって、彼は少し顔をしかめる。
(そういえば、あの部屋は――あの小娘の部屋だな)
今まで全く気にしたことなどなかったのに、何故か今日に限って、そんなことが気になってしまった。
「……………」
「あの窓…気になるだろ……?」
急にぼそぼそと陰気な声でささやかれ、驚いて隣をみると、そこにはウイングホードの青年、シドが膝を抱えて座っていた。
驚きのあまりベンチから転げ落ちてしまったザムザにぐっと顔を近づけ、シドはにたあ、と不気味に笑う。
「ひっ」
ザムザの口から小さく悲鳴が漏れる。もちろんこの青年のことが大の苦手なのだ。
シドはそんなザムザをじろじろと眺め回しながら、
「ひとつ、この城にまつわる、おもしろい話をしてやろうか…」
と、もったいぶるようなことを言う。
(なんで、この男が、こっこんなところに…)
パニックを起こしかけているザムザの返事を待たず、シドは勝手に話し始める。
「昔…あの、部屋に、1人の少女が暮らしていた……。だが、その少女はケガが原因で、命を…落とした…」
(やっ、ややめろっ、近づくなっ…)
できることなら逃げ出したいが彼の矜持がそればかりは許さない。ただひたすら顔をひきつらせて耐えるのみだ。
「それからその部屋は…彼女が使ったまま残され…誰も、住んでいない。………誰も…。ヒヒッ…」
ふと、様子を伺うようにシドが口を閉ざす。おや、とザムザがシドを見返すと。
「ところがぁ!」
「ひゃっ」
「真夜中…あの部屋に行くと……死んだはずの少女が、何かを探して、夜な…夜な……、さまよっている…。自分が死んでいることを、忘れて……。もし、真夜中、あの部屋に足を踏み入れたものは……」
ごくり。
「彼女の…捜し物を邪魔するものは………呪われて…」(う、ううううう…)
「死、ぬ」
口をパクパクさせているザムザに、シドはニタリ、と再び不気味な笑みを見せると、
「ヒーッヒヒヒヒーッ!!!」
急に大声で奇怪な笑い声をあげながら、どこかに飛び去ってしまった…。
「………ふう」
ようやく息苦しい緊張感から解放されて、やっとシドの話の内容を反芻してみて、ザムザは首を傾げる。
「あの男…あの部屋のことを言っていたな…?」
地面にへたりこんだまま、ザムザは呆然と城を見上げる。
やがて、その表情には、何かの決意のようなものが浮かんだようだった。
★ ★ ★ ★ ★
その夜はちょうど新月。見上げれば晴れ上がった見事な星空。夜も更けてから、ザムザは一人、城の階段を上る。
(あの部屋は、そのままになっているのだったな…)
主がいなくなっても、天守閣の部屋と同様にナナミの使っていた部屋はそのままの状態にされていると聞いている。考えてみれば、おかしなものだ。
(それとも、当然なのか)
ふと、そんな風にも思う。珍しくも感傷的に。城はしずかで、ただデュナン湖のさざめきが彼を遠巻きに包む。
4階にさしかかる。シュウの部屋の前で、親衛隊長オウランが見張りをしているのと出会う。
「おや?どうしたんだい」
露骨に顔をしかめるザムザにかまわず、オウランは気安く近づいてくる。
「…別に」
「そうかい」
それだけ言って肩をすくめるオウランにそれ以上構わず、ザムザは階段を再び上り始める。
5、6段上ったところで、すぐにその足が止まった。
「…何故、私についてくるのだ?」
当たり前のように彼に続いて階段を上り始めたオウランは、全く悪びれず、別に、と先ほどのザムザの言葉を返してきた。しかたない、とザムザは一つ息をついて、再び階段を上る。オウランも続く。
踊り場にさしかかったところで、窓の外が目に入って足を止めた。眼下にデュナン湖を望み、遙か彼方まで星空が続く。足を止めたザムザを、オウランがどこか困ったような表情で伺い、こっそりため息をつく。
(…なんて顔してんだ)
何かを探すように、オウランも窓の外の景色に目をやる。星明かりに照らし出されたデュナン湖はすばらしく美しかった。
何もなかったというように、ザムザはすぐにまた階段を上り始める。すると今度は、階上にいた見張りの兵士が彼らに気がつき声をかけてきた。
「これは、魔術指南役殿、それに親衛隊長殿!」
さすがに驚いた様子で、この2人がこんなところにやってきたのはどうしたことかと、じろじろと視線を送ってくる。
「ウム」
とりあえず偉そうな相づちなど打ってみたものの、さてどうしたものか。戸惑っているザムザを後目に、オウランが見張りのところまで上っていく。
「お疲れさま。なあ、ちょっとあたしと見張りを交代してくれないか」
「…え?」
見張りは驚いたように彼らを交互に見比べる。何を言い出すのかとザムザも不機嫌さをにじませつつ、様子を伺う。
その彼のことを振り返って、
「あのバカが」
と、オウランは続ける。
「こんな時間にシュウの旦那の機嫌を損ねてね。あたしまで追い出されちまったんだ」
「ああ、そうでしたか。それは災難でしたね」
納得したような、ほっとしたような表情でそう言うと、見張りは階段を下りていく。オウランが自分が上がってくるのを待っていることに気づき、ザムザは早足に階段を上り終える。
「じゃ、あたしは屋上で星でも見てくるかね。あんたは好きしな」
「ああ…」
言い捨ててオウランはさっさと階段を上り始める。
「オウラン」
呼び止められて、オウランは不思議そうな顔。
「恩に着る」
はは、と軽く笑ってから、
「じゃあ、貸しにしとくよ」
と言い残し、オウランは階上へと消えた。
ザムザだけが、残された。
振り返ると、ひっそりとした空間にその部屋のドアがある。彼らがいなくなって、初めて訪れる空間のその距離が、めまいがするほど遠く感じる。
『真夜中に、あの部屋に足を踏み入れるものは…』
『呪われて…死ぬ』
不気味な青年の声が聞こえたような気がして、ザムザははっとして左右を見回す。無論、あのウイングホードの姿など見あたらない。
(まったく…くだらぬ。あのような戯れ言を恐れるなど…)
そうだ。彼はもっと恐ろしいものをあの部屋に見いださなければならないのだ。
意を決して、彼はそのドアの前に立ち、ドアノブに手をかける。
(見いださなければ…)
彼は今日、気づいてしまった。
今まで自分がこの部屋を訪ねようとしなかった理由、彼が恐れていたこと。
あの少女にとって、自分は結局何の役にも立たない存在だったのではないか。事実、彼女は命を落としてしまった――この扉を開ければ、彼は認めざるを得ないのだ。彼女がもはや帰らないということも、自分が無力であることも。
ゆっくりと、ゆっくりと、ザムザはついにそのドアノブを回した。
★ ★ ★ ★ ★
部屋の中は、彼女がいなくなったその時のままになっているようだった。床の上にばらまかれた雑多なものに時々足を取られそうになり、よろめいた拍子に体がぶつかった。
「あ、ごめん」
ネロは小声で姉に謝った。
「うん」
ナナミも小声で返事をする。そう広い部屋だとは思っていなかったが、こうも暗いとなかなか捜し物も思うように行かないものだ。
(はあ…)
心の中でなら姉にわかるまい、とネロはため息をつく。
(なんでこんな無茶なことするんだろ、この人)
『どうしても取りに戻りたい忘れ物がある』
と突然言い出したのが一週間ほどまえ。ジョウイの説得でどうにか新月まで待ったものの、やってきてみれば探しているのは怪しい漢方薬のたぐいなのである。てっきり、育ての親ゲンカクの形見の三節棍のことだと思っていたのに…。それを問うと、慌ててリストに追加したようだったが。
窓の外に目をやる。満天の星空からの星明かりも、さすがに室内までは届かない。段々とネロも不安になってくる。なんとかここまでは忍び込んだものの…あの勘の良い男、シュウなどに気づかれたら。気持ちよく送り出してもらった手前、気まずいことこの上ないし、怒らせると大変恐ろしいに違いないのだ。誰が言い始めたのかラッキイ☆スタア城の鬼嫁と呼ばれる、あの軍師を。
そんなことを考えていて手が止まってしまっているネロを、ナナミがたしなめるようにつついてきた。
(もう無理ってば)
もう引き上げよう、とナナミに抗議すべくネロが振り返ったそのとき、ガチャリ、とドアノブが鳴った。
(えーー)
瞬間、ナナミはその場にうずくまった。ネロは自然、開いたドアから侵入してきた人物と正面から向き合うことになった。
ネロからは、わずかに届く廊下のたいまつの明かりが逆光になって、その人物のローブをまとったシルエットしか判別できない。侵入者の方はといえば、明かりのない室内に目が慣れていないらしい。とりあえず見回すようなそぶりをしながら、ネロにも気づかず後ろ手にドアを静かに閉めた。
(見張りではないのかな…?)
服装からネロはそう見当をつけたが、かといってどうしたものか。息を殺して様子を伺うネロの手元に、何か堅い感触のものが押しつけられてきた。
(ナナミ…ちょっと!?)
それは明らかに、ナナミの三節棍に違いなかった。意図は明らか。
(なに考えてんだよ!)
慌ててその感触を押し戻そうとすると、かすかに金具が鳴った。
(!)
「!?」
そのかすかな物音に、侵入者はこちらを素早く振り返った。それは手練れた身のこなしで、明らかにネロの存在に気づいたようだ。次の動作で、その人物は拳をこちらに向かって突き出してきた。
次の瞬間、拳が炎に包まれる!
炎の竜の紋章の発動によって照らし出されたその男は、この状況下では、彼ら姉弟にとってある意味非常に危険な人物――瞬時にそう判断して、ネロはさっと飛びかかりザムザの口を塞ぐ。
驚いて術の集中が途切れたのだろう、たちまち炎が消えて、部屋は再び暗闇に包まれた。不自然な沈黙の中、姉弟に気づかれることはなかったが、ザムザは驚きのあまり、珍しいくらい間抜けな表情で立ち尽くしているのだった。
★ ★ ★ ★ ★
しばらくして、相手が立ち尽くしているのをいい加減いぶかしく思いつつ、ネロはおずおずとザムザを解放する。
何かを言いかけてはためらうような気配を何度か感じたが、やっとでてきたのは
「…ここで、何をしているのだ」
どこか気が抜けたような口調。まあ、想像通りの言葉だった。
「えっと…」
どう返答したものか言葉を探す拍子に、先ほど無理矢理押しつけられた三節棍の鎖が鳴った。
「…ああ。それを取りに来たのか」
「え?う、うん」
そういうことにしておく方が良いだろう。
「まったく。暇なことだ」
あきれた、と言わんばかりの口調。実は、これはネロに向けられた言葉というわけではなかったが。
「…ごめんなさい」
ネロが謝ると、ザムザは妙に言いにくそうにしながら、
「いや、そういう意味でいったのではない」
と言い訳のようなことを言う。普段の彼の様子と比べて、どうにも違和感がある。
ネロがいぶかしんでいると。
「…あの小僧は、元気か」
ぽつり、と、そんなことを尋ねてきた。
「え」
一瞬呆気にとられたが、すぐに「小僧」に思い当たる。
「あ、ああ、うん。ジョウイ…も、元気だよ」
ふむ、と小さく頷いたようだ。
「…ピリカも、元気そうだった」
「そうか」
はて、これはいったいどうしたことだろう。姉弟ははからず揃って首をひねった。
「…何故不思議そうな顔をするのだ」
「いや、だって。おかしいでしょ」
しまった、うっかり即答してしまった。
「どういう意味だ!そもそも貴さっ…」
普段通りの声量に戻りかけるザムザの口を、再び塞ぐ。ザムザもすぐ我に返って大人しくなってくれたようだが、気づかれなかっただろうか?特に、階下にいる地獄の鬼嫁に。
「…で。もう貴様の用事は済んだのか?」
「え?えっと…」
足下を何者かにつつかれた。
「…もうちょっと、捜し物が」
正直、この偶然の遭遇を理由に切り上げたかったのだが…。
「ふうむ」
仕方がないな、という相づちに、退出してくれるのかと思いきや、彼は右手の指先にロウソク程度のごく小さな火を灯した。
びっくりしてその炎を眺めているネロに、ザムザは困った様子。
「で」
「『で』?」
聞き返されて苛立った様子のザムザに、ネロははっとする。なんと、この自信過剰魔術師が、気を利かせて明かりを用意してくれたのだ。
慌てて小さく礼を言うと、フン、といつもするように鼻を鳴らした。
「…そういえば、ザムザは、なんでここにきたの?」
「どうでも良いではないか、そんなこと」
再び魔術師が苛立ち始めたようなので、ネロはその回答は諦めて、薄ぼんやりした陰影のなか、薬棚を探す。
「ふうん…この部屋、そのままなんだね」
「そうだな」
練習用のわら人形に鉄アレイ、そのほかよくわからないナナミの持ち込んだガラクタ。すべてネロが最後に見たときそのままになっていた。それは、この城の人々がナナミをどう思っていたかを表しているのだろう。そして、この部屋に今日たまたまやってきたこの魔術師は、どんな思いでこの部屋にやってきたのか…。
果たして、この魔術師に、ナナミが実は生きているのだと、真実を伝えておくべきではないのか。ふとそんな考えが浮かんだが、それはすぐに思いとどまる。
(いつか、ちゃんと、この城に帰らなきゃ)
その時こそ、きちんと頭を下げて伝える時のはずだ。
薬棚を見つけたので、適当に引き出しを引っ張りだしてみるが、やはりろくなものは入っていなかった。そもそも、薬と言ってもナナミがやたら飲ませたがるのは苦くて良くわからないものばかりで、しかも決して自分は飲もうとしないのだ。
「なんだ?大したものは入っていないようだが…?」
ザムザも適当に中身をつまみ出しながら、さすがにあきれている。なんだか本当に申し訳なくなってくるネロだった。
「ありがと、一応全部見つかったから」
「…そうか」
得心はいかないようだったが、ザムザは明かりを消し、部屋の中は再び暗闇に包まれる。
「では、私も暇ではないのでな。そろそろ戻るぞ。貴様も誰かに見つからぬうちに去りたまえ」
「うん。ザムザ、ありがと」
フン、と偉そうな鼻息。
それから、
「達者でな」
と、ささやくような声で別れを告げ、部屋の入り口に向かおうとして――部屋の真ん中に据えられたわら人形につっこんでしまったらしい。
ガサっという音がかすかに鳴って、転びそうになって――どうにか持ちこたえた様子。それから、きゃっと女の子の小さな悲鳴。「え?」ザムザのなんだか間抜けなつぶやき。
頭が真っ白になったネロは、その次の瞬間、自分が手に持っていた三節棍が強引にひったくられた意味を、瞬時には理解し損ねた。
がつっ、と鈍くて堅い音、どさりと人間が倒れ込む気配、遅れてかすかな金属音。
「………………」
長い沈黙ののち、ネロは長い長いため息をついた。
「あ、そ、そういえば、ダウンの紋章がついてたんだった。はは、は、は…」
ナナミもため息。反省はしている…と、思いたいが。
「ひどいよ、いくらなんでも…」
「うう…つい。とっさに…。ごめんなさいっ」
手を合わせても、相手はすっかり昏倒してしまっている。仕方なく、失神した魔術師をきちんと床に寝かせてやってから、2人は屋根から垂らしたロープをつたって、フェザーの元に戻る。フェザーも2人のことを待ちわびていたようだった。
「また、よろしくたのむよ」
ネロが声をかけると、フェザーは背中を向け、2人はその背にまたがる。暗いデュナン湖に向かってフェザーは静かに滑空し、大回りに、城から少し離れた湖畔の小高い丘へと舞い降りた。
2人をおろすと、フェザーは名残惜しそうに顔をすり寄せてから、再び飛び立って城へと戻っていった。
フェザーが飛んでいく方向を目で追うと、たいまつの明かりがちらちらとゆれて城の輪郭を作っている。
いつか帰る場所を忘れないように、ネロはしばらくそれを眺め続けた。
ようやく戻ってきた2人のところに、待ちくたびれたジョウイが駆けつけてきた。
「よかった、2人とも!大丈夫だった?」
「ジョウイ!ねえ、聞いてよ、あのインチキ魔法使いがさ!」
「…ちょっと、ナナミ!!!」
★ ★ ★ ★ ★
その日、城の一室がやたらとにぎやかなのは、頭に怪我をして寝込んでいる魔術師のところへと、城下町の悪ガキたちが冷やかしにやってきたからだった。
「ザムザーーー、禿げたんだって?」
「はーげ、はーげ」
「やかましっ…いっ、つつ…、禿げてなどおらん!」
「エフィ、違うよ。ぶつけたんだって」
「うおー、でっかいたんこぶ!」
「さわっていい?」
「い、いたたっ、さわるなと言ってるだろうが!」
「禿げるなーこりゃ」
「うっわ」
「ザムはげー、ザムはげだー」
「なんっだそれは!やかましいわ!」
「ザムはげ!ザムはげ!」
まったく人の話を聞かないで騒ぎ立てる子供たちの声に本気で頭痛を覚え、恨めしい目線を部屋の隅に送る。そこには、この子供たちをこの部屋に招き入れた無能な親衛隊長が、先ほどからずっと腹を抱えて笑っているのだった。
「おい、オウラン、貴様!この無礼者たちをはやくつまみ出せ!」
「見舞い客にそんな言い方、ないだろー」
「そうだそうだ」
返事を返すのは子供ばかりで、オウランはさらに腹もよじれんばかりだ。
「えーい、やかましいっ…」
コンコン。新しい来客のようだ。
「なんだ…賑やかだな…?」
戸惑いながらやってきたのはシュウだった。
子供たちは、やってきたシュウの顔を見るやいなや。
「オニヨメがきたぞー」
「逃げろ!」
少年の号令のもと、一斉に逃げていった。
「……」
もう息も絶え絶えのオウラン。そしてちょっと気の毒そうな顔をするザムザ。どちらかといえば後者に多少カチンとくるものがあるが、しばらくはオウランの笑いが収まるまで待った。
「…どうだ、ケガのほうは」
「冷やしておけば良いってさ」
「そうか」
「2、3日は養生して様子を見るようにとのことだ」
子供たちが去って、どっと疲れが出た様子のザムザは、頭に乗せた氷嚢をようやく具合のいい場所に落ち着けてベッドにもたれ掛かった。
「めずらしいな。お前がおとなしく医者の言うことを聞いているというのは」
本気でそう思って、シュウは窓の外に目をやるが、昨日から続く雲一つないデュナン晴れだ。
「からかっちゃかわいそうだよ旦那。たんこぶって言っても、けっこうひどいもんだよ」
ここでやせ我慢のセリフでも飛んできそうなところだが、やはりザムザは不機嫌にオウランを睨んでいるだけだった。
(おや…。思ったより酷いみたいだな)
ケガには同情しつつも、しかしシュウもこの城を預かるものとして確認しておかなければならない。
「で、ケガの原因なんだが。本当にオウランじゃないのか?」
そうであればむしろなにも問題がない、というのもどうかと思うが、両者がたびたび手合わせやら短気などつきあいをしているのは周知の事実だった。
「どんなシチュエーションだったらあたしがあんな時間にあんな場所でこいつをノックアウトするっていうんだよ」
顔の前で手を振って見せながら、オウラン。
「まあ、あたしが勝手に見張りを交代したのはまずかったと思ってるよ」
「そのことは別に咎めるつもりはない」
「おや、そうかい」
オウランは意外そうな表情。
「と、なると…?」
ザムザは苦虫をかみつぶしたような表情になっている。仕方ないだろう。彼なりに思うことがあって、あんな時間にナナミの部屋を訪れたのだろうとシュウでも想像がつくところなのだが、それが翌朝には「ありふれたいつもの出来事の一つ」として城じゅうに知れ渡ってしまっているのだ。
「あの男め…」
忌々しげにザムザがつぶやく言葉を、シュウは聞き逃さなかった。
「あの男?」
聞き返されて、一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに押さえきれない怒りに置き変わる。
「そうだ。そもそも、あのシドとかいうウイングホードの…」
「ヒーーッヒーーーッヒィッヒッヒィ!!!」
突然、世にも恐ろしい、喉のひきつれたような奇声が部屋じゅうに響きわたった。
いつの間にか、窓から、ウイングホードの青年が上半身を乗り出すようにしてのぞき込んでいるのだった。
シュウ、オウランも呆気にとられ、ザムザは顔を真っ青にして口をぱくぱくしている。
「だぁから、いったのにぃ…。あの部屋に入った者は、呪われて、死ぬ…って。ククッ…。なぁ?」
「…ふ、ふざけるな!だいいち、私は死んでなどおらんっ…」
「呪いをあなどるなよォ。1日たち…2日たち…、男は徐々に弱っていくのでした……」
「おい、やめんかっ、縁起でもない」
「そして、3日目の朝…」
「やめろやめろやめろやめ…」
「ヒャアッ!ハッハッ!!」
ひときわ大きく奇声を上げて、シドは現れたときと同様唐突に去っていった。
はっと我に返って、2人がザムザに目をやると、哀れな魔術師は…どうやら気絶してしまったようだった。窓と、ザムザと。何度も見返しながら、しばらくどちらとも口を開かなかったが、やがて。
「…あたしが殴った、ってことでいいよ」
「………ああ」
ふう、と2人はため息をついて。
「じゃあ、俺は公務は休んでラダトに行くことにしたから、何かあったらクラウスに言ってくれ」
それはサボるという宣言だったが、今日は仕方ないような気がした。
「あんたもアレに呪われないように気をつけるんだね」
嫌なことを言うな、と口に出さずに抗議して、シュウは部屋から退出してしまう。
気づけば部屋には、ザムザとオウランのみ。ちょっと前の状態から、一気に寂しくなってしまった。
「…やれやれ、静かになっちまったね」
する事もないので、いつの間にか床に落ちていた氷嚢を拾い、気絶したザムザの頭に乗せ直してやる。まるでザムザの母親だ。この魔術師を相手にそういう例えを言い始めたらきりがない、とオウランは苦笑する。
と、ピクリと瞼が動いたかと思うと、少しザムザの目が開いたようだ。
「ん?起きたのかい」
なんだか焦点の合わない様子でぼんやりとオウランを見返してくる。ぼんやりと、肩までの、ちょうどおかっぱ頭のような長さの髪に目をやって。
「……なんだ、貴様か」
(なんだい、それは)
どういうわけかひどくガッカリした気分。
「貴様で悪かったね」
言いながら、額に乗せられた氷嚢を軽く(あくまでも軽く)小突く。
「まったく。ちっともろくなことをいいやしないよ、この男ときたら……、あれ?」
どうやらザムザは再び意識を失ってしまったようだ。
あーあ、とつまらなさそうにつぶやいて、オウランは椅子にもたれかかる。
どちらかと言えば気持ちよく寝ているようにしか見えない部屋の主から、事件現場から消えた三節棍の行方を聞き出すのは、もう少し先になりそうだ。
(そのくらい、あたしにも聞かせてもらったっていいだろうさ。ねえ?)
そんなことをたくらんでいるオウランの横顔は、傍目にはなんだか楽しそうにも見えるのだった。
おしまいはげ。
★ ★ ★ ★ ★
ほとんど初めて書いた幻水SS。
後日、まったく別の思いつきから
同じようなものを書いてしまったので
恥ずかしさ3倍なかんじです。
そっちとのかねあいもあって多少修正しました。
ついでにデータ探すのが面倒くさいので
別のアップ済みのお話で特に説明しなかった設定をいまさら説明。
ゲオルグの部屋が広すぎると乗り込んだ結果、
ゲオルグ部屋はザムザと共用することになっとります。
このお話の時点では、もうザムザが占有してるかな。