星をみるひと
ラッキィ・スタアから珍客が来たらしい。
なんとなく思い当たって、カーンが1件の宿屋に顔を出してみると、懐かしいズルズルした服装の男が見えた。
「ザムザさん!お久しぶりです」
「む…?」
男は呼ばれて驚いたようだったが、こちらの顔を見てぱっと破顔した。
「カーン!久しぶりだ。元気そうだな」
「あなたもお元気そうで何よりです。あちらのみんなは元気ですか」
「ああ、いらんくらいに、な」
この人に言われたくはないだろう。
しばらくはお互いに、たわいのない様な近況を報告しあったり、尋ねたり。会話の流れで、男に今日のこれからの予定を尋ねたところ、
「寝る」
の一言。
「はあ…??」
どう返答したものか、一瞬呆気にとられていると、
「今回ティントに来たのは、星見の勉強の一環なのだ」
と、どこか不本意そうな表情で告白した。
「星見、ですか…」
「ああ。だから、先ほどもグスタフ殿の所に行って、夜中にウロウロするのを断ってきたところだ」
「そうでしたか」
グスタフのことだ、この男のことを自邸に引き留めようとかなり骨を折ったのではないだろうか。自分がティントにやってきた時のことを考えると、その時の様子は目に浮かぶようだ。
「…面白そうですね、私もお邪魔しても、問題ないですかね」
なにか問題があるようで、ザムザはちょっと眉をひそめた。
「いや、面白くはないと思うぞ」
「その場合は、すぐ帰りますよ」
「勝手にしろ」
「はい」
変わった奴だ、とザムザはあきれ顔でつぶやいた。それから、
「そうだ。カーン、リリィはどうしている?」
と、聞いてきた。
「あの子はあのとおりで、元気にやってますよ。周りは大変そうですけどね」
「ふん、そうか…」
関心のなさそうな口ぶりと表情だが、とても優しい目をしている。この男のこういうところが、当人に自覚はないが、(好かれる場合は)好ましく思われる所以。それを言ったらムキになって否定するだろうから、それをあえてカーンは言おうとは思わないが。
「星を見るというんだったら、この宿の裏を入っていって、崖の近くに行くと、良い場所がありますよ」
「そうか、ありがとう」
(おや?)
違和感を感じたのは、彼がどうやら、その場所のことを知っていたらしいと感じたからだ。グスタフから聞いたにしろ、知っていたからと言ってそのことを隠すのは不自然だし──彼が、自然に嘘を付くのは、もっともありえないことだった。
「それでは、夜に差し支えては悪いですから」
「ああ、すまんな」
差し障りのないことを言って、カーンはとりあえず引き揚げた。
この高度のお陰で夜空は綺麗に見えるが、冷え込みはその分厳しい。あまりの寒さに古いコートを取り出して、灯りを片手に宿屋の裏を巡ると、目的の人物を見つけた。
「今晩は。お邪魔しに来ました」
「本当に来たのか」
「ええ、差し入れもありますよ」
下宿先のおかみさんに作り置きしておいてもらったスープを差し出す。
「ちゃんと、肉は抜いてあります」
「すまんな」
ふたを開けると、魔法でも掛けたような勢いで白い湯気が溢れた。
ザムザがスープで暖を取っている間、カーンは改めて夜空を眺めていた。月のない夜空には驚くほどたくさんの星々がひしめいていて、圧倒されんばかりだ。
「こりゃあ…、眩しいくらいですねえ」
坑道の中で煌めく鉱石のかけらを星のようだと思ったことはあるけど、星がこんなに主張の激しい物だとカーンは今まで知らなかったのだ。
「学校に通う子供なんかは、星の観察とかさせられるんでしょう?夜空は北極星を中心に時計回りに空をゆっくり巡っていて、季節ごとに見える星座が違って…。聞いたことがあります」
元気で生意気な、小さな友人から。
「でも、星空がこんなに…ちょっと、怖い物だとは今まで思いませんでした」
空一面の輝きはあまりにも圧倒的で、例えば「運命」というものに対面した場合に、まるでなすすべがないような不安な気持ちにさせられる。
「星見をする者は、その人の中に星を見つけて、それを読み解くのだそうだ。それと同じように、星空にも人々の運命の「兆し」が現れる」
ザムザは、いつのまにか同じように星空を見上げていた。
「私にはまだそれを見ることは、出来ないがな」
「運命、ですか」
あまり好きな言葉ではない。考えたい事でもない。運命ということばは、結局自分の都合の良いように諦めたり信じ込んだりするためのまじないのような物だ。
それに、もし「運命」などというものがあれば、人間には抗えるはずがない。
「…大げさに言うと、だ。それらは別にこれから起こる出来事を決めるものではあるまい。言ってみれば、風向きや潮の流れを読むのと同じだと思う。それらはいつどのように気まぐれを起こすか、実のところ知れないものだが、それでもそれらの情報は無駄になるものではないし、時に有効な助言となるだろう。
…ただ、稀に風向きの変わり方や、潮の流れの境目まではっきりと見ることが出来る者がいるようだな。そういった者たちが運命というものをどう捉えているのかは、我々にはあずかり知ることのできない事だ」
「はあ…」
普段、戦闘中には素手で敵を殴りつけているところしか見たことがなかったし、城にいる時は子供やナナミと子供じみた(失礼)ケンカばかりしていたので、彼から「魔術師っぽい」ことを聞かされている現実に追いつききれず、曖昧に相づちを打つ。
「また、どうして星見なんて」
「今、あちらで魔術指南役をしていてな。国に星見が出来る者がいても悪くない、と言うような話になった。それでまあ、私に話が振られたわけだ」
なんとなく、話の流れは読めたような気がした。
「なるほど、受けちゃったんですか」
ザムザはむっつりとこちらを一瞥。
「…もとから、興味はあってな。少し独学でやったことがあった」
意外な話だ。
自覚はあったのだろう、ザムザは続けた。
「私のように優れた者は、自分の道は自分で確かめながら歩くものだ。だが、たまにはなりふりをかまっていられん時も無いことは、ない」
「……?」
妙な話の流れだ。でも何となく、彼の心情だけは分かるような気がする。
「うん、そう言う時もありますよねえ…。うん」
この地では、カーンにも色々なことがあって。そんなことを、久しぶりに、しみじみと思い出していた。
「でも、あなたがなりふり構わなくなるとしたら、自分のためではないでしょう。それだけは分かるなあ。…彼ら、じゃないんですか?」
それは、カーンにとっても大事な人達だ。
それからザムザは、少し昔の話をカーン聞かせたのだった。
まだ、彼女が元気に笑ったり、走ったりしていた頃の話。カーンは静かに、星達とその話に耳を傾ける。
「…あいつらを無事に家に帰してやることはもう出来なくなってしまったが、せめていつでもラッキイ・スタアに帰れるように、待って、守ってやっている者がいなければな。あいつらだけではない。お前や、旅立っていった他の者がいつか懐かしく思い出して帰ることもあるだろう」
おかえりなさい。
実際にそんな優しい言葉をこの青年が口にするのかどうかは半々の確率だろうと思うのだが。それでも、彼が待っていてくれたことは、『家族』たちには充分伝わるだろう。
「…早く、帰ってくると良いですねえ」
「うむ、この私を待たせるなど、感心しないなことだ。…それにやはり、あの部屋に小娘の棍がないと……、少し寂しいからな」
「今頃は賑やかにやってるんじゃないですか」
少年と、友人と。どの辺りにいるのだろうか。同じように星を見上げているだろうか?
きっと隣で星空を見あげている男も、似たようなことを考えているはずだ。
まるで、彼女が変わりなく彼らと一緒にいるのを見守るように、呆れたような、すこしだけ優しそうな眼差しで星空を見あげている。
星空を2人に何かを伝えようとするように、また星がひとつ、中天から流れ落ちた。
「…おや、流れ星だ。これで今日、3つ目ですよ。何か、意味があるんですかねえ」
「さあな。しらん」
「いや、それはまずいんじゃないですか」
「わからんものは、わからん」
その言いように、カーンは吹き出してしまった。
「……」
その様子を忌々しそうに眺めていたザムザだったが、ふと何か思いついたようだ。
「ふむ、そうだな、難しいことではない。どうせあいつらがまた、行った先でトラブルでも起こす程度の兆しだろう」
「はは、あはは…!なるほど」
カーンが笑うと、一緒にザムザも声を出して笑った。
楽しそうなザムザを見ながら──
(おかえりなさいの前に、説教だな)
それも家に帰る醍醐味だろうな、とカーンは呑気に笑うのだった。
星々がどんな運命を物語ろうと、彼らはこうやって笑いあって、大事な人達に思いをはせることが出来る
──実のところ、それだけのことにはかなわない。
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ティントが好き。
とはいえ、2ではこの先寂れていきそう…だったのに
3では共和国とか。どうしちゃったんでしょう。