天より他に知る者もなく

 それは穏やかな陽気がしばらくつづいていた頃のこと。差出人のない手紙がザムザの元に届いた。
 どこにでもある、一番手軽に手に入る、規格サイズの封筒。中には、2つに折りたたまれただけの紙切れが1枚。それを取り出すと、
『彼女は使命を果たした。彼女のことはもう忘れろ』
 と、ある。抑揚のない、細い線で書かれた短い文字列。とにかく、たったそれだけの、内容らしい内容のない手紙である。それを、ザムザは何度も何度も読み返しては、何か考えている風だった。
 やがて、腰を上げると、執務室を出、城の内門をくぐり、エレベーターに乗り、4階のボタンを押す。エレベーターには誰も乗ってこなかった。
 4階に着くまでに、たった一度だけ、ゆっくりと息を吐き出して。エレベーターは減速を始め、たちまち静止する。

 その部屋には、彼女が一時期暮らしてた。この部屋を訪れるたびに、彼は彼女の存在を当時と変わらず感じられるような気がする──彼女が暮らしていたそのままの状態の部屋。
 顔を上げると、壁に据え付けられた金具が2つ。そこには、かつては彼女が愛用していた三節棍が置かれていた。その壁の空白だけが、彼女がもうここにいないと控えめに主張している。
「使命──」
 金具の突き出た壁を睨みつけながら、自分に何かを確認するように、つぶやく。
「ナナミのことを、忘れろ、だと…?」
 右手には謎の手紙が握られている。その手がピクリ、と動いた。
 その手の甲の、彼自身の象徴とも言える炎の竜の紋章が、鈍く赤い火を灯しかけたが、すぐに光を失った。
 それと引き替えにするように、ザムザの瞳には何かの決意の炎が煌々と灯った。


★  ★  ★  ★  ★


 彼女の第一印象がどうであったか、はっきりと覚えているわけではない。ただ、元気な娘だなという程度のことだっただろうと、だいたい想像はつく。
 それからしばらく彼女と友人としてあの城で生活を送り、それがどう変わったかといえば、例えば、彼女のいろいろな『強さ』を知った、ということだろうか。
 それから、家族というものにはいろいろな形があるのだと──それは形骸的なものではないのだと、彼にしては珍しく、素直に理解できた。それだけ、彼女は強かった。
(くだらないことを思い出したものだ)
 ずいぶん長いこと同じ行を繰り返し読んでいたが、頭に入らないのをついに自身に認めて、彼はため息とともに魔術書を閉じた。厚い装丁の書物は、予想以上ににぎやかな音を立てたが、すぐに周囲の静けさばかりが耳につくようになる。
(あの城にいた時は、いつもやかましくて仕方がなかったな)
 そんなことを、何故か今更懐かしんですらいる自分に、ルックはもう一度ため息をついた。
(レックナート様が瞑想を終えられる前に、ひととおり掃除を済ませておこう)
 憂鬱さを棚上げして、ルックが書庫を出て通路を歩き出すと、ほどなくレックナートの姿が見えた。
「レックナート様?」
 彼女がこんなところまで降りてくるのは、大変珍しい。
「ルック。塔に客人のようです。迎えに行って差し上げなさい」
「…え?」
 この魔術師の塔の人の行き来は完全に制限されている。赤月帝国の消滅した今では、島の近くの村の漁師が食料を届けてくれる以外はほとんど無いといっても良い状態だ。
 それに、この島に近づけるものは、レックナートにそれを許されたものだけである。
 レックナートはそれ以上説明することはしないようだった。
(…客ね)
「わかりました」
 ルックは、自分の杖を一振りして、己自身とも言える紋章を発動させる。
 島唯一の狭い浜に、ルックが見つけたのは──


★  ★  ★  ★  ★


 島唯一の狭い浜に、漁船が一艘つけられていた。そこから1人、船から降りるのを見てルックは一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
 そんな彼をめざとく見つける辺りも、あの男らしい。ずかずかと、こちらへ歩み寄ってくる。
「ルック!久しぶりだな」
「…そうだね」
 こんな大声を聞くのはいつぶりだろう。どうにか顔をしかめるのを堪える。
 以前見た時より少し軽装だが、決して安くない布地で頭を覆う布、全身を覆うたっぷりとしたつくりのローブ、意匠の凝らされたアクセサリー。無駄に頑丈そうな肉体。元気の良い巻き毛に覆われた顔は、相変わらずの笑みを、ふとしかめ面に換えた。
(声が小さいとか、例の説教でも始まるかな)
 まったく、面倒くさいのが来た。そんな期待を裏切る形で、
「まずは、貴様の師に挨拶をした方が良いのかな」
 そんなことを尋ねてきた。そこでようやく、ルックは気づく。
(思ったより面倒そうな用事みたいだな…)
 しかも、その面倒な用向きはルック自身にあるらしいのがなんとなく察せられる。例の、下らない修行につきあわされる程度では済みそうにない気配だ。
「好きにすれば」
 くるりと彼に背を向けて、塔へ歩き出すと、ザムザは彼の後をついてくる。その足音は、ルックの気をさらに重くさせた。

(あー…、本当に、迷惑)
 ただでさえ迷惑なのに、挨拶もそこそこに書庫に押しかけたかと思えば、やかましい説教や自慢話でも垂れ流すこともせずに、だんまりを決め込んでいる。
「いちおう、レックナート様はお許しくださったみたいだから、好きにすると良いよ」
 そう言って、ルックは書庫を立ち去ろうとした。
 立ち去り際に書庫を振り返ると、ザムザは書物に見向きもせずに、座って何か考え事をしているようだ。
(──まったく)
「あんた、ここへ何しに来たの」
 尋ねてから、そういえば一度もその問いを発していなかったことに気づいた。ザムザは来訪の目的を特に言おうとはしなかったし、レックナートもそれを尋ねることをしなかったからだ。何かルックに秘密の了解ごとがあるのではないかと考えると、少しだけ苛立った。
 ザムザは、こちらの表情を探るような、ちょっと困ったような視線を投げてきた。探られても返すべき反応は特にないので、そのまま無表情に見返していると、やがて短く、息をついた。
「うむ、…すまん」
「は?」
 それは言えないという意味だろうか、といぶかる間もなく言葉が続く。
「すまんが、貴様に尋ねたいことがあってな」
 何か踏ん切りがついたというような表情になって、ザムザは手荷物の中から一通の無個性な封書を取りだして、机の上に置いた。
(見ろ、ってこと?)
 面倒くさいながら封書を開けて、中身を取り出す。2つに折りたたまれた真四角の紙に一言。
『彼女は使命を果たした。彼女のことはもう忘れろ』
(何これ)
 さっぱり、読み手に不親切この上ない文面である。
 どういうわけか、何となく意味を察したような気がするのは、この男が島にやってくるほんの少し前、ちょうどその男が腰を下ろしている椅子に座って、くだらない感傷に浸っていたためだ。
 どうやら、この手紙のようなものの差出人として、疑われたらしい。
「暇なんだね、あんたも」
「…まあ、な」
 ザムザはちょっとだけ苦く笑ったようだった。
「こういう訳の分からぬお節介を焼くような知り合いが思い浮かばなかったのだ」
「お節介、ねえ」
(──結構気にしてたんだ)
 彼女のこと、彼女との別れのこと。面倒くさい男だが、自分をかまいだてするのと同様にあの姉弟のことを気にかけていた彼が、どんな思いで城に残っていたのか。ほんの少しだけ、かいま見えたような気がした。
「それと、な。この『使命』という単語が引っかかってな。私はあまり好かぬ言葉だが、この勿体付けた言葉を使いそうな者もあまり思いつかなくて、な」
「ふうん、少しは考えたんだ」
 当時、ルックは108の宿星を記した石板の管理を任されていた。そういうもっともらしい言葉に一番近い立場だった、と、確かに言えなくもない。
「でも、僕じゃないよ」
 いちおう断ってはみたが、彼の顔を見た時点でそのことは察していたらしい。
「貴様は少し、自分の敬うべき相手に対する言葉の選び方を学ぶべきだな。──とにかく、思い違いだったようだ。一応、謝っておく」
 一言余計気味ではあるが、素直に頭を下げるザムザ。普段は自分よりよほど大人げない分、ルックはもてあましてしまう。結局のところ、どうあっても、この男相手では自分のペースが保てないらしい。
(お節介だろうけど…)
「忘れたいの?」
 ルックの唐突な問いに、ザムザはきょとんとした。
「忘れないとしたら、そのことをいつまでも引きずって城にいるの?あんたはどうしたいのかい」
「…忘れるのは却下だ。下らん事を聞くな。それに、あんなことが、あの娘の使命だったなど、私は認めん!」
「ナナミは、そうは思っていなかったかもしれないよ」
 まるで、そんなナナミの遺志を伝える手紙のようだ──と、思いついてルックはザムザがこの手紙に怒りまくる気持ちがよく分かる気がした。
 ルックの言葉にギクリと一瞬表情をこわばらせ、ザムザは少し声色を落としたものの、それでも眼差しに強い意志を灯らせて口を開く。
「私は、あの娘が望むように、それまで当然のことであったように──あの小僧どもとずっと一緒にいられるようにしてやりたかったのだ。
 それはもう叶わないが──それを望んでいたあの娘の意志こそが、私にとっては重要なことなのだ。だから、誰がなんと言おうと使命など認めん!」
(へえ…)
 思わず感心してしまうほど、ザムザは見事に言い切った。手紙の主が誰であろうと、この強情な男の意志を曲げるのは叶わないだろう。
 もし、手紙の主がナナミ本人だったとしたら、この言葉を聞いていたとしたら、どう感じただろうか?
(とりあえず、もうちょっと言い様はないのかね…)
 まるで、子供がだだをこねるまんまなので、胸の中だけで少しだけ吹き出した。
 と、それが聞こえたわけでもあるまい、ザムザは少し照れたような表情になって、
「今頃どこにいるやら知らんが、あの小僧達が一緒にいるのなら、あの娘もきっと一緒なのだと思いたいのだよ。あいつらの中でだけでも、ナナミに生きていて欲しいのだ。
 ──忘れると言うことは、そのナナミをすら殺すことになる。…つまらん感傷だろうが、な」
 さらに恥ずかしいことを言った。
「勝手で強引な話だね」
(それとも、鋭いと言うべきかね)
 彼の言っていることは、実のところ彼の知らないはずの事実をとらえていた。
 何も知らぬザムザは、そうだな、と認めて椅子に座りなおした。
(くだらない感傷を平気で口にして、恥ずかしいことこの上ないし、恩着せがましいし、厚かましいし、話は長いし、面倒くさいし)
 あまりつきあわされたくない人間の一人であることは疑う余地がない。
(…まあ、たまには面白いと思うこともあるけど、ね)
 少しからかってやろう、とルックは思いて。
「ザムザは『使命』という言葉が好きじゃないっていってたけど、星が宿ったからには、それがあったんだよ。ナナミにも、ね」
 む、と眉根を寄せたザムザにルックはちょっとだけ、表情に出して笑って。
「──その言葉を使わないとしたら、一時『運命』を共にすることを受け入れた、って言ってもいいけどね。戦いが終わって、みんなもバラバラになって、もう星も役目を終えたから、約束の石板には何も書かれていない」
 ルックの笑いの意味がわからず、文句を言うに言い出せないザムザは、焦れた様子で聞き役に徹している。
「戦うことをやめる──って言うかたちで役目を終える宿星も、ごくたまに、あるみたいだね」
 ザムザは顔をさらに渋くしている。
「貴様は、私にあの娘の『使命』を受け入れろと説教しているのか」
「呑み込みの悪い魔法使いだね。宿星が役目を終えるのと生死は関係ないって言ってるんだよ」
 身も蓋もないところまで言わされて、ルックはため息をついた。
 ザムザは一瞬だけ疑問の表情を浮かべたが、すぐに何か思いついた様子で、ぽかんと口を開けておし黙ってしまった。
 しばらく待ってもそのままなので、ルックはそのまま放っておこうと椅子から立ったところで、呼び止められた。
「ルック、一度だけ聞くぞ」
「…なあに」
「それでは、ナナミは生きているというのか…?」
「…ああ、そうだよ」
 何故黙っていたとか、それは本当なのかとか、どうして生きているのかとか。言葉通り、ルックの返事にそれ以上余計な問いかけは無く。結果としてしばし沈黙の間を挟んでから、ザムザが発したのはやはり問いかけの言葉ではなかった。
「ありがとう」
「え?」
 感謝される意味が分からなかったし、その声色ににじんでいるものが怖かった。どうにか、ここから逃げ出せないかと慌てて考えを巡らすルックは、ふと別のことを思いつく。
『彼女は使命を果たした。彼女のことはもう忘れろ』
 使命を終えて、ナナミは元通りの元気な少女に戻っているから、いつまでも悔いる必要はない──短い文章は、そんな意味に取れなくもない。
 それを、まるで誰かに言わせるために書かれたような手紙。
(まさか──まさか、ね)
 そこまで人の運命を見透かすように導くことのできる人物は、彼の知る中では──
「そうとなったら、こうしてはおれんな!」
 まさか泣くんじゃないかと思っていたのに、急のいつもの大声を出されてルックは腰を抜かすところだった──その一瞬の隙をついて、ザムザはたたみかけてきた。
「あの小娘にまた会う時に馬鹿にされるのはしゃくだからな。貴様もだ!そんなふうにボケーっと突っ立っていて一人前の魔術師のつもりではあるまいな?いまから稽古をつけてやるから外に出るのだ!さあ!」
「えっ、や、やだよ」
 不意をつかれたルックの声色は自分でも聞いたことがないくらい弱々しいものだった。彼の抗議はザムザの大声にあっという間にかき消されてしまう。
「ばかもの!なんだ、そのやる気のなさは。貴様はまずは性根を治さんといかんな。まずは塔の周りを10周からだ」
「はあ!?」
「返事も良くない!はい、と言えんのか!さらにもう5周追加だ」
「ええーーっ!?」
 ぐいぐいと大人の力で引っ張られ、ルックはほとんど泣きそうになった。


★  ★  ★  ★  ★


 その後はやたらと騒々しく、魔術の修行やら講義やらに付き合わされ、夕食までたいらげてから勝手に客間に上がり込んでさっさと寝てしまうところまでつきあわされて、ようやくルックは我に返った。
「つ──疲れた…」
 それでも、片付けものはしなければ気が済まない。台所で洗い物を済ませたところに、レックナートがやってきた。
「ルック。お茶をいれていただけませんか」
「わかりました」
 あの男はともかく、レックナートの世話を焼くことは、全く苦ではない。暖炉に薬缶を掛けておいて、茶器を用意していると、
「あなたも一緒にいただきませんか」
 と、チョコレートケーキをどこからともなく取り出して、テーブルに置いた。
「ザムザ殿から戴いたんですよ」
(あいつ、いつの間に…)
「…いただきます」
 すぐに湯が沸いたので、用意しておいた急須に注ぐと、とたんに香りが部屋に広がる。
「おいしそうなお茶ですね」
「ハイランドの方のお茶らしいですよ…あの人にもらったんですけど」
「そうですか。それでは、明日お礼を言わねばなりませんね」
 そうですね、と返事をしながらも、
(なんで別々に渡すんだよ。面倒くさい男だな)
 などとザムザに文句をひとつ。まあ、おいしかったら良しとしてやるか。
 しばらく、2人は静かにケーキを口に運ぶ。
「…レックナート様」
 どうしたものか迷ったが、ルックは思い切って口を開いた。どうせ、答えられぬ事は答えてはくれない人だ。聞くだけ聞いてみて、困る話題でもないだろう。
「レックナート様は、どうしてあの人を島にお入れになったんですか?何か、用事があったんですか」
「用事があったのは彼の方のようでしたね。でも、それも済んだのでしょう」
 そのレックナートの言葉に、なんとなく、彼女とあの男の間で何か決定的なやりとりがすまされた後なのでは、と思い当たった。
 師の表情はいつも通り穏やかで、その推測が当たっているのかどうかはいつも通りルックには分からない。
「あの手紙は、レックナート様が書かれたのですか?」
 ほんの少し笑って、注がれた茶を口元に運ぶ。ゆっくりと味わい、カップを皿に戻すまでを見守ってから、問いの答えを諦めたルックもカップに手をかける。
「…彼があなたの友人なら、あなたに少しだけ力になれることがあったからですよ」
 やや間があってから、レックナートがぽつりと答えたので、ルックは少し驚いた。
「僕があの人の力になる、って…」
「彼はあなたにお礼を言いませんでしたか?」
(あれは──なりゆきだし…)
 友人とか、そういうものは関係ない。断じて、無い。
「あの手紙は…どういう意味なんですか」
「さあ。読んだ者の捉えた以上の意味はありませんよ。
 ザムザ殿はあれをナナミさんのことと理解し、自分の意志を確認しにこちらへわざわざいらした。──いえ、わたくしが余計なことなどせずとも、意志は定まっていたようですね。
 その意志にあなたが何かを感じ、ちょっとした助言を授けることが出来た。すべて、なりゆきのことです。あの文章には、さしたる意味などありません」
「………」
 意味がない。そう言うレックナートが恐ろしく思えた。
 ザムザが手紙に書かれている(と、彼が捉えた)とおりに、あれらの出来事を過去のことと割り切って、別の生き方を選択してもそれはそれで、まっとうな選択である。そうした場合、彼はひょっとすると、ナナミが生きているということを知る機会すら訪れなかったかも知れない。
 今回、ザムザが彼女の死を過去のことと受け入ることを良しとしなかった──そのためにわざわざこの島までやってきて、ナナミが実は生きているという事実まで知らされた。
 手紙がひとつの要因ではあったにしろ、彼の決断は彼自身の未来、あるいは未来に対する彼自身の有ようを大きく左右するもので──それなのに、彼の決断によってもたらされる結果は、意味のないなりゆきの連鎖でしかないのだ。
「それでも」
 ルックの心を見透かすように、師は続ける。
「彼自身が決断すると言うことには、とても大切な意味があります。その先に待っているものが何であれ、決断を下した者にはその結末を受け入れることができるからです。何も自分で決断しない者には、自分の生の中のなにものも己のものにできません」
 ナナミのことを、ルックが彼に教えなかったとしても、ザムザはあの城でナナミの死を悼み、そして少年達の中にナナミが生きていることを疑わず、いつの日か彼らが帰るのを信じて待っただろうことは、ルックにも分かった。
 ──だが、それはあまりにもつらい選択に思えた…。
「ルック、彼がどうしてこの島に来たのか、分かりますか?」
 尋ねられて、ルックは戸惑いながら答える。
「それは…勝手に勘違いして、僕に文句を言いに来たんでしょう」
 レックナートは、少しだけ寂しそうな顔をした。
「彼は、あなたに心配しないように、と言いに来たんですよ」
「え…?」
 きょとん、とルックはケーキを口元に運んでいた手を止めて、固まってしまった。
「心配?…僕が、あいつの事を心配なんて…」
 つい、あいつ呼ばわりしてしまったことにも気がつかず、ルックは、レックナートの言葉を心の中で肯定している自分に驚いていた。
 自分がザムザに、ナナミのことを言わずにはいられなかったのは、実はそんなくだらない理由だったのか──信じられないことだが。
 こちらを向いて微笑んでいるレックナートにはっと気づき、ルックは慌ててケーキを平らげる。
「僕、お先に失礼します」
「ええ、お休みなさい」
 レックナートの声は優しかった。流しに皿とカップをおいて、ルックはそそくさとキッチンを出ると、一目散に自分の部屋に駆け戻った。
(じゃあ、レックナート様は、僕を──心配して…)
 まさか!自分をここまで育てたのは彼女の哀れみからだ。心配など、まるで家族みたいな感情を、彼女に抱かれるはずが──
(あいつは、どうなんだろう)
 厚かましい自信過剰な魔術師。あいつはお節介だから、いつでも勝手に自分のことをかまいだてしてくるし──あの城の連中に対してそうしたように、自分のことも勝手に心配をしたのか。
 考えると、まるで馬鹿らしい思いこみばかりが浮かんできて、ルックは慌てて首を振る。
(やっぱり、あいつがいると、ダメだ!)
 まったく自分のペースが保てない。適当に寝間着を頭からかぶって、ベッドに飛び込む。
(でも──)
 ザムザが、ナナミが彼らと一緒にいると信じようとしたように、自分も、ちょっとだけ、そんなことを信じてみたら──、自分の人生を、運命を自分のものに出来るような生き方をできるようになるのだろうか?
「……………」
 ちょっとだけなら──構うまい。
 そう決めて、シーツをかぶると、とたんに眠気が襲ってきた。それがいつになく心地よかったのは、あの男のお陰かもしれないと、うとうとと思いついたことは…
 ──夢を見る頃にはもう覚えていなかった。




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ブギーポップは笑わない」の、どストレートなパロディです。
書いてみたら「ソウルドロップ」とか…ムニャムニャ。
いやはや、ザムはげのことをすっかり忘れておりましたよ。

3のラストは坊ちゃんにどつかれてからザムザに説教されるエンドでお願いします。
まったく、世話の焼ける男だな!