いつかの月

 カクの村より東のさらに小さな村の夜空に、大きな月が昇っていた。
 村の民家を間借りしてようやく一晩の宿を得たビクトールは、それをボンヤリ眺めている。
「珍しいですねえ」
 相部屋のサンチェスが何時のまにやら起きてきて、彼の脇にやってきた。
「俺には似合わないな、やっぱり」
 照れたように頭をかくビクトールに、サンチェスはそんなことはないという代わりに穏やかに微笑んで見せた。
「なるほど。いい月ですね」
 見事な満月が、ちょうど中天にさしかかったところだ。月明かりに照らされた大森林が遠くに神秘的な光景を作っていた。
「俺は、好きじゃないんだ。ほら…」
 困ったような表情で、ぼんやりと青く照らされた風景を見渡す。
「何もかも、死んじまったみたいだ」
「あなたには、そう見えるんですね」
 サンチェスは穏やかな物腰を変えることなく頷いた。
「ああ、死んじまった奴のことを考えていたからかな。…でも、もう飽きたよ」
 と、欠伸をひとつ。もう、いつもの彼に戻ったようだった。
「なあ、あんたは月が好きなのかい」
「そうですねえ。美しいと思いますよ。それに、面白い。古来から多くの人々が月を詩に詠んで、物語に登場させたものですが、彼らはそれぞれ、月に対して実に様々な感情を抱きながら空を見上げたものです」
「おっと、それ以上はいいや。もう眠くなっちまった」
 博覧強記の二つ名が存分に発揮される前にベッド代わりのソファに戻ろうと、ビクトールは慌てて窓と月に背を向けた。サンチェスは気を悪くするでもなく、おやすみなさいと静かに声を掛けた。
 それから、少し間をおいて、
「ビクトールさん。この国に生きる者にとって、月というのは特別な存在なんですよ」
「──ああ、それもそうか」
 毛布に潜り込もうとしていたビクトールは、ふと窓辺にたたずむサンチェスを振り返った。彼は、こちらにニコリと微笑むと背を向けた。その背中を見ていると、どうにも不安になる。
(やっぱり、俺は月ってヤツが好きじゃないね)
 そんな感想と欠伸を誰にともなくもらすと、明日も続く旅に備えてビクトールはたちまち眠りにつくのだった。


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えーと、多分、初期の頃の解放軍の活動中なんだと思います。この2人の、解放軍との距離感みたいなものは、近いような…それでいて、全然違うような。で、それが書きたかったのかと聞かれるとよく分からないんですけど。