おふたりさん B

 その2人が対峙するのは今回が初めてというわけではなく、その度に、壮絶な死闘が交わされてきた。
 そして今回も。
 アルベルトと戴宗。
 周囲に彼ら以外の人間はいない。アルベルトの相手が出来るのは、その場に戴宗しかいなかったからだ。そして、戴宗の相手を出来るのもまた、アルベルトしかいなかったためだ。
 すでに周囲の建物は崩壊し、2人の超人達の戦闘がいかにすさまじいものかは想像を絶する。
 必殺の一撃を放とうと、じりじりと間合いを計る両者。そんなおりもおり、戴宗の方がその構えを解いてしまった。
「なあ、衝撃のオッサン」
「なんだ」
 アルベルトは訝しみつつ、相手の様子をうかがう。
「あんた、聞いたところによると、娘がいるんだってなあ」
「ああ。それがどうした」
「じゃあ、その、なんだ。嫁さんもいるんだよなあ」
「…妻は3年前に他界したが」
「ア、そいつはすまねえ。悪ィいこと聞いちまったな」
「……」
 戴宗の様子に、何となく脱力するものを感じ、アルベルトもゆっくり構えを解く。
「貴様、一体何が言いたいのだ」
「エ?ああ、その、俺が聞きたいのは、だな。アンタがどうやって結婚したのか、ってことなんだけどよ」
「どうやって…?」
 アルベルトはすこし考えるそぶりを見せ、懐から葉巻を取り出し、己の能力で火をつけて一口ゆっくりと味わってから、
「仕方ないな。それにでも座るか」
 爆風で少しゆがんだベンチ。
「ああ。すまねえな」
「謝るなら最初から話を振ってくるな」
「はは、それもそうだ」
 戴宗も腰の瓢箪の中身を一口グビリ。
 ひとまず休戦のはこびとなったようだ。


「つまり貴様、儂がどうやって求婚したのかが知りたいわけだな。まあ、たいしたことはしてはおらん。家の者をやってこちらの意志を伝えて相手の意志を確認しただけだ。既に懇意だったからな」
「あーあー、ご身分の良い方々はねェ」
 さて、今日のアルベルトは余裕たっぷりの大人モードだった。
「良いか、戴宗。よくプロポーズと言うと意気込んで特別なことをしたがる者が多い。儂はな、そういうのは違うと思う」
「はン?」
 思わせぶりなことを言い出すアルベルトに、戴宗も思わず身を乗り出す。
「結婚すると言うことは、その後ずっとその相手と人生を共にすると言うことだ。それは新しい日常をはじめると言っても良い。それを約束するのに特別な言葉を使い、特別なことをするのは正しくないと思う。求婚というのはな、日常であることと切り離したものにしては意味をなさないものになってしまうのだ」
「…なんだ、お前、けっこう良いこと言うじゃねえか」
「そのことに関して貴様より熟練だからな」
「そりゃそうだ。見直した」
 茶化しているようだが、本人まじめなようだ。
「……。儂は儂らの普通のやり方で意思を確認した。貴様は貴様で、相手に自分がどうしたいのかを伝えるようとするならば、お前の日常の言葉でなければ、それは正しく伝わらないものだ。正しく伝えることを怠るから、後になって「結婚とは勘違いだ」ということになる輩がいるのだ」
「なんか、ちょっと難しくなってきたな…」
「良いところを見せようとか、この時ばかりはまじめに、などとせんでいいと言っているんだ」
「はあ〜、なるほどねえ」
「むろん、茶化したりしてもいかんぞ」
「難しいな…」
「構えた気持ちの時に無理に気持ちを伝えようとしてはいかん。貴様がそうやって酒を口に運ぶのと同じ事だ。呑みたいと思ったから呑む」
「そう言うけどなあ、オッサン…。むずかしいんじゃないか?それ」
「酒を呑むのが難しいのか?貴様ともあろう者が」
 アルベルトはしてやったりという顔。頭をかきむしる戴宗。
「まあ、貴様ならできるだろうよ。それができなかったらいわゆるプロポーズの類をせいぜい気張ってすればいいだけの話だ。いずれは同じ所にたどり着くだろう」
「アーアーアー。人ごとだと思いやがって」
「むろん、人ごとだからな」
「カー。嫌みな奴ぅ」
「ふん、貴様と馴れ合うつもりはない。…それにしても、何でまた儂に相談する必要があるのかわからんのだが?」
「いや、それが…俺の身の回りに結婚してる奴ってのがあんたしかいなかったんだなァ」
「…貴様らの組織はどうなっとるんだ」
「あんたンとこだって似たようなもんだろ」
「…………」
 答えないアルベルトの顔を半眼で睨みつける戴宗。アルベルトは構わず葉巻をふかし続ける。身を乗り出してさらに顔をのぞき込んでくる戴宗に構わぬそぶりでその火をもみ消し、懐に手を入れ、
「…ち、今日はもう葉巻がきれた。これでは仕事にならん、帰るとするか」
 そう言ってひょいと立ち上がったところに戴宗が一言。
「うまく行ったら次は俺が奢ってやるぜ」
「あてにはせんよ」
「ケッ」
 アルベルトの立ち去った後もしばらくベンチで拗ねていた戴宗だったが、あることに気づきはっと身を起こした。
「あのオッサン…大層なこと言ってやがったけど実際は自分も勘違いの口なんじゃネエのか?」
 どうにも釈然としない戴宗だった。

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アルベルトの意見は絶対に女の子受けしないと思います。
まあ、ある意味ロマンチストかなあ。