I.G.A.夜の部

 カタリ。
 グラスの中の氷が静かに揺れて音を立てた。その音を愉しむように一口、口に含む。
「ふむ…」
 満足げに目を閉じる。店内には静かにピアノが流れている。
 ADIEU。クセのない、控えめの演奏はこの狭い店に良く似合っていた。
「My love... for you...」
 つい口ずさんでしまい、はっとマスターを見上げると、マスターはニッコリと微笑んだ。店内には自分とマスター、それにこちらからは見えないピアニストの3人しかいない。
「マスター」
「はい」
「ここは良い店だな」
「ありがとうございます」
 マスターは軽く頭を下げて見せた。

 チリリン。ドアのベルが静かな室内に響いた。
「ナイス紳士。遅くなったかな」
 ピンクのマントをマスターに預けながら、ナンバー2がナンバー4に声をかけた。ナンバー4は軽くグラスを上げてみせた。
「ナイス紳士。いや、そうでもない」
「今日は私とお主だけのようだな」
「そうらしい」
 SPACE LION。演奏はややアップテンポ気味だが、あくまでも控えめ。この店をわかっていると、好感が持てる。
「今日は生演奏か」
「良い演奏者が見つかりましたので」
「そのようだな。私はマスターの演奏も好きだったが」
「ありがとうございます」
「では、いつものを頼む」
「かしこまりました」
 ナンバー2は、そこでナンバー4のグラスをのぞき込む。
「また芋焼酎か」
「ふん、この万夜の夢は特別なのだ。そういう貴様こそ…この松本零士かぶれが」
 マスターが差し出したグラスには、無論「あの酒」が注がれている。ナンバー2はナンバー4の憎まれ口に気を悪くした風でもなく、うまそうにその日本酒を口に含んだ。

 ピアノの曲が途切れた。
「マスター、鉄腕GinReiを見たよ。ハーモニカができるのかね」
「お恥ずかしい。多少ですが、かじったことはございます」
「今日は聞かせてもらえんかね」
「かしこまりました」
 カウンターの奥から、マスターは小さなケースを取り出してきた。ケースにはHOHNERの文字。正真正銘の「ブルースハープ」だ。
 ピアノの脇に立ち、軽く一礼してマスターはハープを口にあてがった。
 一曲演奏し終えて、紳士達は拍手でマスターを迎えた。
「お耳汚しでした」
「素晴らしかったぞ、マスター」
「うむ。マスターは本当に多彩だな」
「恐れ入ります」
「さて…今夜も楽しませてもらった。ありがとう」
「おやすみ、マスター」
「失礼いたします」

 アルベルトと樊瑞を見送って、イワンは店の奥に声をかけた。
「サニー様。今日は夜遅くまで、ありがとうございました」
「いいえ、イワン。わがままを言ったのは私の方ですから」
 そう言ってピアノの影からひょっこり顔をのぞかせたのは、なんとアルベルトの娘サニー。
「イワンこそ、いつも父たちのわがままに付き合ってくださって、どうもありがとうございます。すみません、本当に子供みたいな人で…」
 サニーは本気で赤面している。
 今日はサニーたっての希望で、彼らの活動をのぞきに来たのだった。
「いいえ、私も楽しませて頂いておりますから。お気になさらないで下さい、サニー様。まあ、でも…」
 グラスを片付ける手を止めて、イワン。
「あのお2人はいつもアレをお召し上がりになるのが…せっかくお店を作って頂いたのに勿体のうございますね」
「本当に。では、私に何か作っていただけますかしら?」
「サニー様…それはさすがに」
「あら、私ではまだ一人前のレディとして認めていただけませんか?」
「そ、そういうわけではございませんが」
 それを聞いてニッコリ。この笑顔に勝てるはずがない。
「…では、お父上には秘密にして下さいね」
「はい」
 イワンが作ったカクテルはかなりアルコールが控えめになっていたが、とても美味しかった。
「イワンは本当に何でもお出来になるんですね」
「いえ、そんな。お恥ずかしい。サニー様のほうこそ、ピアノがお上手で…私も愉しませて頂きましたよ」
「今日は久しぶりにピアノを弾けて楽しかったですわ。母が亡くなってからは、父が寂しそうにするのであまり弾かなかったんです」
「そうでしたか…」
「でも、今日私のピアノを聞いていらしたお父様はほんとうに楽しそうでしたわ。たまにはこうしてピアノを弾かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「喜んで。歓迎いたしますよ…ひょっとすると、あなたのお父上も」
「え?」
 きょとんとするサニーにイワンはにっこり微笑んで、
「サニー様。私にも1曲、よろしいですかね」
 先ほどのハープを取り出してみせる。
「勿論。何がよろしいですか?」
「では、Hamducheを」

 ほんの少しのアルコールで、しっかりほろ酔い気分になって帰宅したサニーは、アルベルトに「こんな時間まで外をフラフラして」とこってり絞られ(って今時言うのかねえ・笑)、自室謹慎を申しつけられた。
「もう…イワンたら。お父様はそこまで物わかりのよろしい方ではありませんのに」
 苦笑しつつ、ああいうしっかりした人物が父の補佐に付いている事を頼もしくも思うサニー。まさかあんなことまでさせているとは驚きだったが、楽しそうにしていたのでむしろ喜ばしかった。
「樊瑞おじさままで…」
 蝶ネクタイで。次に樊瑞と顔を合わせた時、笑ってしまいそうだ。
 と、ドアがノックされた。
「サニー、起きているか」
「はい」
 ドアを開けると、アルベルトが立っている。
「何でしょう、お父様」
「サニー、ピアノを弾いてくれないか」
 ビックリして目を丸くするサニー。不機嫌そうな表情の父親を見上げて、おずおずと訊ねた。
「曲は、何になさいますか」
「ん…。ADIEUだ」
 それを聞いて、サニーは家に帰ってから初めて笑顔を見せた。

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思わせぶりなネタふりをしつつ続かなかった。
GRキャラのインチキ紳士くささが半端ないという思いつきだけの
インチキ紳士達のたしなみ。