節分家族2

 パチリ。
 と、まぶたを開く。
 気づくと、ベッドから身を起こしていた。時計を見ると、いつも起きる時間の1時間前。
 と、いうことは。
 ようやくヒィッツカラルドは意識がはっきりした。
 アルベルトが帰宅しているのだ。


 階下に降りると、父イワンと弟の呉もすでに起き出していた。
 そして。
「起きたか」
「おはよう、母さん」
「うむ」
 アルベルトは既に食事を用意していた。
 良かった。目が覚めて本当に良かった。イワンと呉もそういう表情をしている。
 なんとなく2人に向かって頷くと、むこうも頷き返してきた。
 食卓にはすでに朝食が並べられている。いたって和風だ。そして、美味しそう。
 ヒィッツカラルドが席に着く。
「では、朝ご飯にしましょうか」
「うむ、そうだな」

「いただきます」



「ごちそうさまでした」
 昼休み。給食を食べ終わり、生徒達が各々教室から出て行く。
「おうヒィッツ。行くぞ」
「……」
 レッドと怒鬼、いつものメンバーで校庭に向かう。
「なあ、今日お前ん家いってアイスクライマーやらせろよ」
「あァ?だめだめ…今、母さんが帰ってきててさ」
「なに!あのヒゲ、帰ってきてるのか」
「……」
「ああ、確かにそりゃちょっとな。しかたがないか」
「怒鬼ん家は?」
「怒鬼んち、広いのはいいけど血風連がうぜーんだよな」
「……」
「…あ?」
「そうだ。レッドん家でいいだろ」
「やだよ、家は」
「……」
「よーし今日レッドん家な!」
「ちっ。わかったよ」
 下駄箱に脱いだ上履きを投げ入れる。
「あ〜あ、兄者がいないといいんだがな…」



 レッドの家の前に、ヒィッツカラルドと怒鬼の2人。インターホンの類がないので、門をたたく。
「レッドー、あそぼーー」
 ややあって、ガラリと戸が開き、レッドが出てきた。
「おう、来たな。入れよ」
 迎えるレッドはどうやら機嫌が良いようだ。
 しつらえられた池、その横には趣味良く築山が築かれ、鬱陶しくない程度に植木も手入れが行き届いている。
 その奥に、古びた雰囲気の、庭に比べて手狭な感じのする木造家屋がある。レッドはあまり自分の家に人を呼ぶのを好まないが、ヒィッツカラルドも怒鬼もこのいかにもな雰囲気の家が気に入っていた。
「いらっしゃい、良く来たね」
「じっさま、こんにちは」
「……」
 やさしそうな祖父に迎えられて、3人はレッドの部屋にあがった。

 マンガを読んだり、お菓子を食べたり、ゲームしたり。だらだらと3人好き勝手していると。
 ピンポーン♪
「カワラザキさん、書留です」
「レッド、すまんが頼む」
「はーい」
 横着をして、窓から出て行くレッド。その後を、おもしろがって2人もついて行く。
 そして。
「……?」
「あれ?」
 レッドが門の所に行くと、緑色の制服に身を包んだ郵便局員が立っていた。渡された書類に判子を押すと、
「着払いですので430円になります」
「ハア!?ちょっと待って、お金もらってくるから」
「どうぞ。ただしその場合ですと30秒以内に戻られない場合は追加料金となります」
「うっそ!?」
「本当です。ざっと2万円くらい」
「ちょちょちょっと待ってよ。じっさま〜〜!!」
「なんじゃ、なんじゃ」
 いかにものんきに、祖父が縁側から腰を上げてきた。
 4人を見て、
「帰ってたのか幽鬼」
「ただいま、じっさま」
「あーっ!きさっ…、兄者…!?」
 驚いているレッド。呆れる子供2人。
「幽鬼兄ちゃん、こんちはー」
「……」
「や、いらっしゃい。…そうだ、これ」
 と、書留の封筒をヒィッツカラルドに手渡す。
「ん?何これ。開けていいの?」
「ああ。開けてみなさい」
「……」
「お。これ、お前の通知票だぜ」
「ハア!?ふざけんなよ、返せ!」
 さっと取り上げて破り捨てる。
「チクショー、でてけ!かえってくんな!」
 破った通知表を幽鬼に投げつけ、レッドはダッシュで家に戻っていった。
「仲が良いのも結構じゃが、ほどほどにしなさい」
 祖父も笑いながらレッドのあとをのんびりと戻っていった。
 幽鬼は祖父に頷き、自転車の前かごから取り出したビニール袋を、残った2人に手渡した。
「はい、これ。みんなで食べなさい」
「あーっ、アイスじゃん!」
「……」
「ありがと!」
「それじゃあ、俺はまだ配達があるので失礼するよ」
 自転車で去る幽鬼を見送り、ヒィッツカラルドと怒鬼は門柱を確認してみる。
「やっぱり、インターフォンないよなあ…?」
「……」
「いいなー、うちにも兄ちゃんがいたらいいのにな〜」
「……」
「な。かっこいいよな!」
「……」
 2人ははしゃぎながら家の中に戻っていった。



「幽鬼さん、今日は郵便屋さんだったんだ。もう、すげー格好良かったんだぜ」
「いいなー、見たかったな」
「今度また一緒に行こうぜ」
「うん!」
 自宅、居間のソファでゴロゴロしているヒィッツカラルドと呉。キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくる。もうすぐ夕ご飯だ。
 ピンポーン♪
「すみませーん、郵便です」
「おい、頼む」
「はーい」
 子供二人で玄関に向かうと、そこには。
「あー、幽鬼兄ちゃん!」
「こんばんは!」
「やあ、呉くん。お母さんを頼む」
「はーい!ちょっとまっててね」
 呉が、キッチンの母を呼んできた。
「幽鬼か」
「飯時か、邪魔したな」
 幽鬼はアルベルトにタメ口を使う。それがヒィッツカラルドと呉にはたまらなく格好良いらしい。
「気にするな。今日はうちの子供が世話になったそうだな」
「なに。2人とも、またおいで」
「うん!」
「それじゃあ、これを」
「何だ、判子がいるのか?本格的だな」
 アルベルトから控えをうけとり、幽鬼は軽く挨拶をして帰っていく。
「お母さん、開けてみてよ!」
「ああ、待て。…ん?」
 封を開いたアルベルトの表情が怪訝なものになる。
「何、何ー?」
「けんこうなせいかつ…ゆかいななかま…」
「え?」
 きょとんとする呉、さあっと顔色が変わるその兄。
「貴様、こんな漢字も書けないのか?」
 アルベルトが握りしめているそれは…
 言うまでもない。
「しかも、テストがあった事を、この私に言わなかったな?ヒィッツカラルド」
「あの、あの、遊びに行くのに…忘れてて…。忘れてました。ごめんなさい」
「本当だな」
「はい」
「では、次から遊びに行く前に見せるように」
「はい!」
「それと、夕飯のあと、貴様は書き取りだ。できるまで私がみっちり指導してやる」
「…ええ〜」
 反射的に言ってから、しまった!と慌てて口を押さえるヒィッツカラルド、だがもう遅い。
「ほう、不満があるのか。ならば聞かせてもらうとするか。呉、台所を頼んだぞ」
「はい」
 外に連れ出されるヒィッツカラルドに気遣わしげな視線を向けつつ、キッチンへと下がる呉。
 2人が外に出ると言うことは。



 ド……



「なんだ?揺れなかったか、今」
「どうせ隣だろ」
「ああ、そうか。おーい、大作。飯はまだか」
「もうちょっとですから、待っててください」
「食いたきゃ、あんたが作りな!」
「いって、何しやがる!テメエが作りやがれ」
「何だって!?」



 やがて帰宅したイワンを迎えての夕食の席に、なぜかヒィッツカラルドの姿はなかった。