髪型の謎を本当に追え!

 旅人風の男が、ビネ・デル・ゼクセの町はずれをひとり、慣れた足取りで歩いている。
 住宅街の近く、子供達がそこここを走り回っているのを面白そうに眺めながら歩いていた男は、べちゃりとなにかが足にまとわりついたのにびっくりして、奇声を上げてしまった。
「ひょおっ?」
 右足にべったり張り付いていたのは、少年だった。おそらくはぶつかった勢いで足に抱きついてしまったのだろう。
「ご、ごめんなさい」
 慌てて顔を上げた少年の髪型は、騎士達の従卒がよくやるように切りそろえてあったので、男はおやっと首をかしげた。まだそんな年にも見えなかったし、男の年齢的な感覚と照らしてみても、ちょっと古風な感じがしたからだ。
 興味を持って、少年に声を掛けてみた。
「坊主は将来騎士になりたいのか?」
「うん、僕のおじい様も騎士だったんだ」
「ふーん、おじい様みたいになりたいのか」
「そうだよ!」
 なるほど、祖父の若い時の肖像画でも見たのだろう。最近の騎士では、きちんと髪を切りそろえている者もずいぶん減った。
「そうか。似合ってるぞ。強くてカッコイイ騎士になれそうだ」
「本当?」
 にこーっと笑う少年につられて、男も笑う。強くてカッコイイ、うーんそいつはズバリ俺のことだな、とか考えながら。
「騎士になったら、ガラハド様といっしょに悪い奴と戦うんだよ、僕」
「なんだってえ?」
 急に大声を出したので、少年はビックリしたようだ。
「ああ、ああ、すまん。…なんでガラハドなんだ?」
「騎士様をたくさん連れて、馬に乗ってて、すごい格好良かったんだもん」
 目をキラキラさせて語る少年に、男は分かってないなァとわざとらしいため息をついてみせた。
「ゼクセン騎士団にはな、ガラハドよりもっとすごい奴がいるんだぞ」
「え!嘘だあ〜」
 あんまり男がうさんくさいので、疑いたくなるのも無理はないだろうと思われる。
「嘘じゃない、良く聞け坊主。それはな、騎士団長のワイアット様だ」
 ズビッと何故か親指で自分を指すような仕草を付けながら男は断言するも、少年は何の感銘も受けなかったらしい。
「誰それ」
「えーっ、お、お前しらんのか!」
 またまた大声を出す男。少年は、今度はただうるさそうにしただけだった。
「その前に、団長は副団長より偉いって分かってるよな?」
「馬鹿にしないでよ」
「それならいいんですけどォ」
「でも、そんな人の名前聞いたことないもん」
「無いわけないだろー、なあ!…うっそ、本当に?」
「ないよ」
「……」
 男が急に黙り込んでしまい、少年も心配になったようだ。
「その人、すごいの?ワ…と団長」
「ワイアット団長様」
「ワイアット団長様」
 復唱すると、男も多少は立ち直ったようだ。
「そりゃ、お前な…すごいなんてもんじゃないぞ。南の洞窟に単身乗り込んでウオッチマンの巣を壊滅させたり、龍の穴の格闘家と一対一の勝負をして勝ったり」
「ほ、本当?」
 意味は半分も分かっていないが。
「本当だ。まだまだあるぞ。クジンシーを流し斬りの一撃でやっつけたり、悪竜ドーラをこらしめたのだってワイアット様なんだぞ」
「すごい」
 正確には、すごそう。子供にはその辺りの境界があまりない。
「そうだ、すごいんだ」
 そう言われると、すごい人ということになってしまったりするわけで。
「すごいなあ!僕もワイアット様みたいになりたいな!」
 満足げに頷く男。
「そうだろ、そうだろ」
「うん!」
「良し、お前はなかなか見所があるぞ。きっと良い騎士になれるさ」
「本当?ありがとう!」
 目を輝かせる少年は、そして大きくなって…。


 ポク、ポク、軽い蹄の音が街道に響く。
「ああ、あれはなあ…面白かっただろ?」
「何が」
「俺は面白かったんだが…面白くなかった?ハハ、スマン」
「その前に恥ずかしくないんですか、人として」
「恥ずかしくない。それに面白かった」
「……愚問でした」
 今にして思えば真に受けた自分が恥ずかしい。しかし自分ばかり悔しい思いをするのもまた、悔しいサロメだった。
「お前、バレンヌ帝国の話を知らなかったんだな」
 おとぎ話にでてくる、伝説の皇帝が治めた帝国の話だ。
「すみませんねえ、ものを知らない子供だったもので」
「なんだよ、すねるなよ」
「ほっといて下さい」
 むっつりと馬にまたがり、2人旅。サロメは自分がどこに向かっているのか知らないが、見えてきた道しるべを見ると、なじんだ地名を見つけた。
「左だ」
 道しるべをのぞき込んで、ジンバ。
「左ですか」
 ということは。サロメにも目的地がようやく分かってきた。今度はまた、何をたくらんでいるのやら。

 やがて、街道沿いにできた小さな町が見えてきた。昔、とても小さかった頃にサロメが暮らしていたことのある町だ。
 もう記憶もおぼろなので、変わってしまったようにも思うし、当時から何も変わっていないようにも思う。ただ、この町に暮らさなくなってからも、何度か用事で訪れることはあった。
「どうなさるんですか?ジンバ殿」
「お前のじいさんに会いに来たんだ。案内してくれ」
「…はい」
 町はずれの林を抜けたところに、共同墓地がある。馬を下りた2人は、そのなかのひとつの墓の前に並んで立った。サロメの祖父の墓だ。
「皆勤賞も良いけどな、たまにはこうして会いに来てやるのも悪くないだろ」
「はい、そうですね」
 騎士に叙勲されてから、たしかにここまで墓参りに来たことはなかった。
「俺も、何度か戦場で一緒になってるはずなんだが…思い出せないな。丁度忙しい頃だったからな。申し訳ない」
 おそらくは、炎の運び手の頃のことだろう。
「とんでもない。かたじけないくらいです。ありがとうございました」
「この人のお陰で、今の俺も助けられてるようなものだしな。別に礼を言われるような事じゃない」
 照れくさそうに笑うジンバ。
「それにしても、また唐突なんですねえ。…いつものことですけど」
「何言ってるんだ。どうせならちゃんと命日に来てやるもんだ」
 この言葉に、サロメの反応が一瞬遅れた。
「はっ?ああ、そうですねえ…」
「なんだ、自分の尊敬するじいさんの命日も覚えてなかったのか」
「そのう、面目ありません」
 ここぞとばかりに説教を垂れようとしたジンバだったが。
「それよりジンバ殿。祖父の命日をどうやってお調べになったんですか?」
「クリスに聞いた」
 アッサリ。
 あんぐり。
「あ、アンタ…!!」
「待て、お待ちなさいサっちん。俺だって直接聞くのはマズイと思うくらいの理性はある」
 そんな言葉をうかつに信じるサロメではない。何故なら。
「こないだ、あんな事をしでかしたばかりじゃないですか」
「サっちん、人の失敗ばかり覚えているのは良くないクセだぞ?」
 サロメの右手がものすごい早さで腰のメイスを掴んだので、ジンバは慌ててその腕にすがりついた。
「わわわるかった、悪かったから。全部俺が悪かった。な?」
 なんとなく浮気の言い訳のようにも聞こえる。
「……」
 ものすごい表情のサロメがどうやら話の続きを促しているようなので、ジンバはなるべく言葉を選んで話そうと決めた。(たいてい逆効果)
「クリスに付いてる小僧がいるだろ。ルイスか。あいつに頼んで聞いてきてもらった。骨休めに連れ出すつもりだって言ったらすんなり聞いてきてくれたぞ。あっ、あっ、大丈夫!俺ってわからんようにちゃんと変装してたから」
「絶対ばれてますよ、それ」
 もとから、ジンバを介してカラヤクランとやりとりをしていたことは、ルイスも知っていたりする。
「うーん、もうワンクッション使うべきだったか」
「ゲド殿とか使っても泥沼ですから絶対にやめて下さい」
「えっ、ダメなのか!?」
「もう良いですから…次からはそういったことは私に直接聞くようにして下さい。絶対。お願いですから。…それでなくとも、あんた、ただでさえいらん時にクリス様にちょっかいをかけて…この間は刀傷沙汰まで起こして!」
「あ、あれ、サロメ?ちょっと待って、今もう良いって、言った…、ばかりじゃ」
 サロメの腕がいっそうブルブルし始めた。ジンバの腕をじりじりと押し返し始める。
「ヒューゴ君の部屋にあったタペストリー、あれ私の所に請求が来たんですからね?いったいいくらしたと思ってるんですか!」
 結局メイスを振り回しはじめたサロメの攻撃をかわしながら、よせばいいのにジンバもいらん返事を返す。
「お前達の団長がやったんだからそっちに請求が行って当たり前じゃないか」
「あーんーたーがー!クリス様がまじめな話をしている時にウインクとかするから!」
「そのくらいで!お前、それくらいで本気で斬りかかってくる方がどうかしてるだろ、普通?」
「それをややこしくしてるのがアンタだって言うんでしょうが!」
「なんだよそれ!お前の言ってること良くわからんぞー?…いや、まてよ…ひょっとして」
 急に立ち止まったジンバ。ここで手を止めて、
「何ですか」
 と聞いてしまったりする辺り、サロメもまだまだだ。
「あ!そっか、アイツ俺に惚れてたり!?」
 轟っ。
 ありえない風切り音を立てて、ジンバの鼻先をメイスがかすめた。さすがにジンバも、一瞬言葉を失う。
 そしてすぐのど元を過ぎてしまったようで。
「やっだー。サっちんったら、焼きモチ?」
 ごいーん。
 暗転。


「ちょっと、あんたら」
「ふう、ふう…、なんでしょう」
 メイスを握りしめた男に真顔で聞き返されて、話しかけてきた老人もちょっと困ったようだ。
「いや…、儂はここの墓守なんじゃが。墓場で乱闘騒ぎとか起こされるのは、その、困るんで」
「それは失礼しました。今片付けますので」
 地面にのびている、もう一方の男の両足を抱えてその場を去ろうとするサロメに、墓守の老人はいっそう困った顔になったようだ。
「そっちの人は…生きてるんですかな、動かないようじゃが」
「一応生きておりますからご安心下さい」
「安心しろって言われても、あんた…ん?」
 老人の目が、サロメの腰の凶器に止まり、それから前髪に。
「あんた、ハラスさんとこの…サロメか?覚えとらんかね?…まあ、無理もないか、小さかったからの」
「申し訳ありません、お世話になったようですが、なにぶん小さかったもので…」
「いや、いや、構わんよ。そうか、ハラスさんのところに来たのかね」
「はい。もう何年も間があいてしまっていたものですから」
「騎士さんになったんなら、忙しいんじゃろう。良く来なすったな。じゃが…ハラスさんが亡くなったのはまだ先じゃろう。9月頃じゃなかったかのう」
「はあ、それが、ちょっと思い違いをしたようで…」
 サロメの祖父の命日は9月6日で。
 そして今日は、6月9日だったりする。
「なんじゃ、間抜けな話だのう」
「ええ、まあ…。せっかくだったものですから」
「ふむ?」
「いえ。上司にも快く送っていただいたようでしたのでね」
「そうかね。いい人の下についたんじゃのう。大事にしなされ」
「はい、そうします」
「でな、その人も大事にしてやったほうがいいと思うんじゃが…」
「はい、ありがとうございます」
 それでは失礼します、とさわやかに笑いつつそのまま男を引きずって去っていくサロメに、老人はどう声を掛けようか迷ったが、引きずられている当の本人が笑ってこっちに手を振っていることに気が付いて、控えめに手を振り返すのにとどめた。


サロメー」
「なんですか」
「後頭部ハゲそうなんだが…」
「我慢なさい」
「ちょっと!」
「じたばたしない!」
「俺、カラヤクランに住んでから本当に抜け毛が増えたんだよ!あっ、あーっ、ここんとこ、たんこぶになってきた!」
「うるさい!」
「やだーっ、ハゲるーっ!」

 かなり恥ずかしいサロメ・ハラス氏の帰郷であった。


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ビネ・デル・ゼクセあたりでサロメヘアーの子供とかフツーにいた気もしますが、
サロメさんはおそらくじいちゃん子でしょう。
友人から「駄目ワット」とか呼ばれてました。