おばあちゃんのおもいで
サロメへ。
俺もカラヤクランに住むようになってだいぶ落ち着いてきた。俺の弟になったルルはもう6才になった。カラヤでは6才になると梅の実を3日3晩つけ込んだものを食べさせる風習がある。俺も食べさせてもらったけど、酸っぱくて食べられなかった。体には良いって言う話で、村の人は食事やおやつなんかの時に普通に食べてる。いちおう、俺も食べる練習をしているところだ。ルルよりは早く食べられるようになりたいな。
こっちも、暮らしてみるとなかなかすごしやすい。ルシア族長の酒を付き合うのだけは、かんべんしてほしいけどな。でも、俺が言うのもおかしなものだが、族長はいい人だ。俺が騎士団にいた頃はまだ村の復興もなっていなかったはずだから、たいしたものだ。村人からの信頼だって厚い。他のクランとの交流も、以前より積極的にやっているそうだ。俺はまだよく分からないんだが、他のクランから客人があると、みんなすぐそれがどこのクランのものか分かるようだ。
この間、チシャクランから来た交易商が、いろいろと土産物を置いていってくれた。俺ももらったんでお前にお裾分けだ。こっちの住居は思ったより暖かいんだが、そっちの建物はそろそろ冷え込んでくる頃だろう。無理をするなとは言わないから、体に気を付けて程ほどにしておけよ。じゃあな。
匿名希望より
そんな手紙と一緒に、暖かそうなストールが送られてきた。グラスランドの民族衣装らしく、フェルト生地に複雑な模様が織り込まれたものだ。ゼクセン連邦でもこういった民族衣装は、おみやげものとして喜ばれている。
紫色が基調になった、落ち着いた柄のストールで、なるほど確かに暖かそうだ。実際にビネ・デル・ゼクセなどで求めると、それなりの値段になりそうだった。
サロメはこれを喜んで、冷える時には、いつものマフラーの変わりにそのストールを肩に掛けるようになった。
* * * * *
「おや?サロメ殿、そのストールは…」
若い騎士が、さっそく気づいてサロメに聞いてきた。
「ええ、すこし冷えてきましたからね。もらい物なんですけど重宝してるんです」
「へええ…?」
「?…何か」
「あ、いいえ。暖かそうでいいですね」
そんな会話をしながら、サロメは壁一面の棚から、書類をいくつか探し出しては抜き出している。
その背中を見ていて、若い騎士は…。
「あ、俺も手伝いますよ。昨年の視察の資料でしたよね?」
「結構ですよ。すぐ見つかりますから」
「いいですから、やらせてくださいって」
「…はあ、では、お願いします」
その時は、さして気にも留めなかった。
また、別の時のこと。
いつものように、夕食のあと、残っていた仕事を片付けようと部屋に戻ると、他の騎士達がてきぱきとその書類をやっつけている。
「…?」
入り口で立ちつくしているサロメに、同僚の騎士が気づいて声を掛けてきた。
「サロメ卿、今日は俺たちでやっておくよ」
「は?でも…」
「次の訓練は俺たちも参加するし、確認しておきたいこともあってな。構わんだろ」
「もちろん。助かります」
「じゃあ、ここは任せてくれ。卿はもう休んだらどうだ?」
「…では、お言葉に甘えさせていただきます」
部屋を退出しながら、めずらしいこともあるなあ、くらいに考えていた。
そんなある日。
「ふう…」
いつもと同じように、サロンで一休みしようとソファに腰を下ろしたサロメ。
そこへ、侍女がやってきた。
「あの、サロメ様、いつもお仕事ご苦労様です。いま、お茶をお煎れしますから…」
「これは、どうも有り難う」
普段は紅茶も自分で入れて勝手にぼうっとしているだけなので、声を掛けられてびっくりしてしまうサロメ。
「あまりご無理をなさらないでくださいね」
「はい、気を付けます」
疲れた顔でもしていたかな?
「どうぞゆっくりしていってくださいね」
「…はい、そういたします」
なんだか、おかしい。
そこにボルスもやってきて、
「サロメ卿。どうですかな、今夜。良いワインが入ったところなんです」
「ええ、そうですね…」
「何か予定でもありますか?」
妙に強い押しで誘ってくる。
「いいえ、そういうわけでは」
サロメがそう言うと、ボルスは笑顔でたたみかけてきた。
「では、楽しみにしていますよ」
「それでは…はい、こちらこそ。かたじけない」
「そのようにおっしゃらんでください」
「はあ…?」
ボルスはいつも通り、屈託のない笑顔で。
だが、さすがに妙なことが立て続けで、気になってしまうサロメだった。
* * * * *
その日の午後も妙に協力的だった同僚や部下達のお陰で、サロメは夕食の後にボルスの部屋を訪ねることが出来た。彼とは何度か任務の上でのつきあいはあったが、あまり個人の時間を共にすることはなかった。
「やあ、よくいらっしゃいましたね」
ボルスは快く迎えてくれた。さっそくワインの栓を開けて、2人で飲み始めた。
「これは、確かにおいしい」
「良かった。お口に合いましたか」
あまりワインに明るい方でないサロメでも分かるくらいにおいしい。
「私には勿体ないくらいですよ」
「いえ、俺一人で飲んでも勿体ないですからね。サロメ殿に付き合っていただけて、良かったですよ」
「はあ…」
ボルスは上機嫌で、良く家族の話をした。兄弟や、両親、祖父母の思い出などを、実に楽しそうにあれこれと語った。サロメも気持ちよく酔いが回り、自分の家族のことを同じように語ると、ボルスは楽しそうに何度も相づちを打ちながら聞いてくれた。
そんなボルスにようやくうち解けて、サロメは思い切って切り出した。
「ボルス卿、実は最近、妙に周囲に気を遣われているような気がするんですが」
ボルスは、酔いが回っているのか、愉快そうに声を上げて笑った。
「ははは、それは気にしすぎですよ、サロメ卿」
「そうは思えないのですが…」
「俺に言わせてもらえば、あなたは人一倍働き過ぎなんですよ」
「そんなことは…」
「良い事じゃないですか。人の厚意は気持ちよく受け取っておくものですよ」
「はあ、そうなんですが、どうにも…すっきりしないなあ」
そう言って困惑しているサロメの肩をばしっと叩き、いかにも感心したといわんばかりに頷く。
「本当に真面目な方だなあ!俺も見習いたいです!」
「そんな、とんでもない」
照れて、サロメは立ち上がり、酔いを覚ますつもりで窓の外をのぞいた。
窓辺にたたずむサロメの背中を見て、
(ああ…。なんか、うちのばあちゃんを思い出すんだよなあ…)
ボルスは胸中でしみじみとつぶやいた。
「そうだ、なにか簡単なオードブルでもこしらえてきましょうか」
まだ照れながら、サロメが聞いてきた。思ったより早いペースでワインを開けてしまったので、用意してあった軽食がなくなりそうになっていた。
「え、そんな。ばあちゃん…違った!サロメ殿はゆっくりしていて下さい。お客様なんですから。ね!俺、気が利かなくて、すみません」
「いえ、こちらこそ、そんなつもりでは。それでは、お待ちしてますね」
ボルスの胸中を知らないサロメは、ボルスの思いやりに対して感じ入っていたりした。
そう、原因は送り主匿名の、例のストールである。
日頃騎士団の中でも激務に追われている彼が、ふとストールなどを羽織り、仕事の合間に
「ふう…」
と、無意識に息をついたり、背中で手を組み窓の外を眺めながら考え事をしていたり、まめに城内を回って若い騎士達の陳情などを聞いて回っている、特にその後ろ姿を見ていると、家に残してきた母や祖母を思い出して今更の罪悪感を覚えてしまう騎士が城内に急増中だった。
若い騎士達が勝手に発行しているブラス城内フリーペーパー「ゼクセン・ナイトピアンズ」のコラムに、これまた匿名でこんな記事が載った。
先日、イクセ村近くの視察部隊から帰ってきたものから、このような話を聞いた。以前から駐屯地の兵舎の老朽を報告していたのが、ようやく評議会に受理されて修繕された。
「驚いたのは」と、彼は述べた。「自分の報告書に、サロメ・ハラス騎士が意見書を添えて団長に直接かけあってくれたことだ」彼がその礼を述べにいくと、サロメ騎士は「それは良かった」とだけ言って笑っていたそうである。
記者が先日ブラス市中でサロメ騎士を見かけた時、鎧も脱がずに彼の好物である紅茶の葉を大量に買い込んでいた。時間を惜しんでのことだろう。記者は私服だったので声を掛けるのはためらわれたが、頭の下がる思いである。騎士たるもの剣を振るうことのみにその道を求めてはならないと教えられた気分である。
これを読み、わざわざ茶葉をサロメに持ってくる騎士が何人かいたほどだ。
クリス・ライトフェローもその一人だった。
「自分の好みで申し訳ありませんが、宜しければ召し上がってください」
「これは、かたじけない」
当時、まだクリスはサロメの後輩の一人である。騎士団長のガラハドの従騎士を務めてはいるが、自分の部下を持っていたりするわけではない。
「クリス殿こそ、ティントから帰って何度もビネ・デル・ゼクセと往復をなさっているでしょう。無理はなさらないでくださいね」
「サロメ殿はご自分が忙しいのに、私のことまでよくご存じなのですね。ありがとうございます」
クリスは素直に感心している。
まさかお父上にあなたの近況報告をねだられるので…とは言いにくいので、居心地悪く謝辞を受け取った。
後日、ストールのお礼の返信はいつもの倍の厚さでカラヤ村の匿名希望氏の元に届けられ、彼は一人ほくそ笑むのだった…。
蛇足:梅干しの話は匿名氏の真っ赤な嘘です…。
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生きてる!歩いてる!のアレ。
何度かやり直しプレイをしてみると、
ボルスのやつ超なれなれしいんですよ。
悪いやつじゃないですけど。