昼寝

 厳しい寒さも束の間にゆるみ、正午を過ぎた辺りになると日差しは日を追う事に暖かくなってきた。食後の小休止、とばかりに、芝生のそこここに気持ちよさそうに寝ころび午睡をむさぼっている者も見受けられる。
 その男も、気持ちよさそうに木陰の良い位置を占領して寝息を立てていた。
「……?」
 それを見つけて、カーンはぴたりと足を止めた。違和感を感じたのは、何かがいろいろと彼の上に乗っかっているように見えるためだ。それが何か確認するべく、カーンは芝生を踏む音も立てないような細心さで、その魔術師、ザムザへと近づいた。
 ──妙にカラフルなそれらは、なんとマントを身につけたムササビだった。
「え…?」
 呆気にとられてしまうカーン。数えてみると計5匹。おのおのが、芝生に寝ころぶザムザの上の好き勝手な場所に陣取って、彼と同様に寝息を立てている。
(重くないのか…?)
 魔術師としての、何かの修行の一環なのだろうか。いまいち理解のしにくい行動の多い男だから、そのくらいはするかもしれないと思ったのだ。
 カーンが首を傾げている間にも、近くを通り過ぎる者達は興味深そうにちらちらとザムザを覗いていく。カーンと同様に不思議そうな顔をする者もあれば、如実に「またか」という顔をする者もあり、和んで去っていく者もある。
 余程誰かを捕まえて聞いてみようかという気分になっていたところに、おあつらえむきな人物が顔を出した。
「ナナミさん」
 またか、という顔をちらりとこちらに向けて通り過ぎるところだった少女は、その足を止めてこちらを見上げた。
「こんにちは、カーンさん。…ザムザが気になるの?」
 ズバリ言い当てられた。
「はい、その通りなんです…」
 帽子の上から頭をかきながらカーンは素直に頷くと、やれやれ、とザムザの顔をのぞき込んだ。
「また、気持ちよさそうな顔して…」
 そんなに小さな声ではなかったが、ザムザとムササビはまったく起きる気配がない。
「ねえ、カーンさん。この先の広場で魔法兵団の人達が訓練してるのは知ってるよね?」
 ああ、そういえば近かったな、と思いながら頷く。
「城に戻るのにちょっと寄り道をすると、この辺りになるんだけど、この場所は木陰があって、ちょっとうとうとするのによさそうよね」
「そうですねえ」
 じっさい、立っているだけでも気持ちいい陽気だ。
「ここは、ムササビもお気に入りの場所でね、まあ、ここ最近はいつも場所の取り合いになってるの」
「…はあ」
 5匹のムササビと本気で場所の取り合いをする青年の姿が、不思議と容易に想像できる。
「最後の最後までけんかしてると、ひっかき傷だらけになってたり、ムクムクがちょっと焦げてたりするんだけど。今日はきれいみたいだから、ルック君がまとめて魔法で眠らせてくれたみたい」
「…そ、そうなんですか」
「うん、ザムザの頭にたんこぶがないみたいだから、オウランさんに殴られた訳でもないみたいだし。1度だけ、ゲオルグさんに無理矢理強いお酒を飲まされて泥酔してたときは、ムクムクたちも近づいてなかったなあ…」
「ふうん…」
 思いの外、様々なドラマが展開されているらしい。話し込んでいる間に、ムササビ目当てに小さな子供がやってきて、彼らが起き出さないのを良いことに好き放題している。ザムザの服に遠慮なく靴後が付けられていくのは、気づかなかったことにした。
 子供達の様子を楽しそうに見ていたナナミが、大きくひとつのびをした。
「今日は本当に気持ちいい天気ね。カーンさん、良かったらおやつ一緒に食べません?」
「おやつ、ですか?」
 あまりそういうお誘いの経験がないカーンは、素直に喜んだ。
「じゃあ、お茶を貰ってくるから、カーンさんはのんびりひなたぼっこでもしててくださいね」
「はい、わかりました」
 クッキーの入った包みを手渡され、芝生に腰を下ろすと、なるほど、ふかふかと気持ちがよい。日差しに暖められた芝生からは、気の早いことに、青臭い新芽の香りもわずかに立ち上っている。
「こういう時間も、良いものだなあ…」
 心地よくそよ風に吹かれているうちに、自然、カーンの口からあくびがひとつ──


 頬に当たる風の温度が少し涼しくなっていた。はっ、と目を開くと、太陽はいくらか西よりに移動していた。もう少ししたら、空の色が一気に赤みを帯びてくるだろう。
(残念、おやつは食べ損ねたのかな)
 まあ、また機会もあるだろう。さして気にせず、カーンは体を起こした。すぐ近くで同じように寝ていたはずのザムザとムササビたちは、そろって姿を消していた。呆れたことに、全く気づかなかったらしい。
 きょろきょろと周囲を見てみると、クッキーの包みはほんの少しだけ小さくなって、カーンのすぐ脇に置かれていた。
 それから。
「…………」
 カーンは、ちょっと困り顔で、自分の身体に掛けてあったマントをめくった。たくさん付いていた足跡は、丁寧にはたいて除いてあった。このマントのお陰で、身体を冷やさなくて済んだらしいのだが。
 先ほどまで、すぐそこで気持ちよさそうに熟睡していた彼の顔を思い出すと、どうにもこの親切を素直に喜べないやら、どことなく情けないやらで。
 包みを開いて、ひとつだけクッキーを頬張る。ゆっくりと食べ終えて、カーンはようやく立ち上がった。
「じゃあ、続きは明日にしましょうか」
 明日は、ひょっとするとひっかき傷やたんこぶが出来ているかも知れないザムザの為にシーツを用意してやろう、などと考えては1人微笑み、カーンは日が西に傾き始める頃に城門をくぐっていった。