ポメラが来た日 1

 狭い歩道に積み上がったケース入りのニンジンやらダイコンやら、それをあれこれと吟味する年季の入った主婦だとか、それらを避けて走る自転車だとかとすれ違いながら歩くのは、なかなか容易なことではない。

 良く磨かれたエナメルの靴先を自転車や主婦たちに踏まれないように注意しながら、ザハークは商店街をわき道にそれて、さらに歩く。見通しの利かない曲がりくねった一本道をしばらく道なりに進んでいくと、急に年季の入った家屋やアパートの並ぶ一角が現れる。
 その中の一つ、レルカーの開けっ放しの門扉を通り、ザハークが玄関の戸を開けると、ドアにつけられたかわいらしい鈴が来客を住人に告げる。
 すぐ手前の勝手口からひょっこり顔を出してきたのはオロクだった。有名電気量販店の紙袋をぶら下げて訪れたザハークを一瞥するなり、彼はあからさまに気に食わなさそうな顔をした。
「荷物を増やしやがって」
 とかそんな感想を持たれたことは明白だった。
(・・・まぁ、予想してましたけど)
 誰に向かってなのか、やや丁寧な口調でつぶやいて、とりあえず挨拶をする。
「ただいま」
『おまえのウチかよ』
 という顔をされた。これも、まぁ、いつものことですけど。
 じっさい、この下宿にザハークが部屋を借りているわけではないが、用事で頻繁に通っているうちに半下宿人のようになってしまっていた。
 歓待を期待してたというわけでもないので、さっさと靴を靴箱に片づけて2階に上がるつもりだったザハークだったが、それをオロクが引き留めた・・・手の動きは「帰れ」にしか見えなかったが。
「今、あんたの部屋はとりこんだ布団が積んであるからな・・・。ちょっと座敷にあがって待ってろ」
 おーい、と奥に声をかけながらオロクは2階に上がっていった。
 ニケアが愛想良く返事をしているのが漏れ聞こえてくるのに耳を傾けながら、座敷の2番目、いつもの机の周りに自分で座布団を敷いて腰を下ろす。紙袋の中から、さっそく購入したての商品の箱を取り出して中身を確認していると、オロクとニケアが2階から降りてきた。あいかわらず居候の多い下宿である。
「部屋、あいたよ」
「ああ」
 開いていた「ポメラ」をパタンと閉じて、ザハークは2階の自分にあてがわれている「空き部屋」にあがる。
 4畳もないだろう空間の天井半分は屋根の形に斜めに傾いていてザハークが立ったままでいると恐ろしく狭苦しい。屋根の上に上がれるベランダに向かうガラス戸は無駄に日差しがよく、その脇にはいつの間にか小さな棚が据え付けられていている。その他の唯一の家具である本当に小さなちゃぶ台に早速ポメラをおいてみると、恐ろしく良く似合った。
「なんだ、そのおもちゃは」
 他人からはほとんど無表情に見えるザハークがご機嫌なことに気がついた、他人からは機嫌が悪いかかやる気がないかにしか見られたことがないオロクが、ようやく会話を持ちかけてきた。
「これは文章を入力する用の道具だよ、オロク君」
「・・・?あんた、立派なミニノートを持ってただろう?」
「まぁね・・・。これは、「文章が入力したくなった」時に一番使い勝手が良い道具でね」
「贅沢言ってないで手で書け。手で」
 オロクはポメラにはまったく興味がわかないようだった。そんなものだろう。
「もっとも、あんたがなにを買おうが、自由だがな」
 付け加えたのは彼なりのフォローらしい。
「うまくは言えないが、ちょっと思いついて手で書くのと同じくらい面倒くさくないモノだと言えばいいのかな・・・」
「で、何に使うんだ?近所の手頃な物件でもメモして回るとか?」
 これにはさすがに苦笑いをしてしまった。彼にしてみればザハークは、第一に不動産屋の手下の借金取りなのだ。
「まだなんとも言えないんだが。当分はここに来たときに思いついたことを書く程度かな」
「ウチに来ること前提で妙な買い物するな。ニケアやヴォリガに壊されても俺は知らないからな」
「なによー、人聞きの悪い!」
 狭い入り口に立ちっぱなしで話し込んでいたオロクを部屋に押し込みながら、「自称・用心棒」のニケアがお茶を持って入ってきた。
「これはすまない」
「あたしもお茶にしようと思ってたの」
 ニコニコと菓子箱から饅頭を取り出して各自に配る。自分の分だけ3個だが、そこについて特に不平は上がらなかった。ただ、
「おまえが来るとよけいに狭いな」
 とオロク。実際、湯呑みを持ち上げようとすると誰かに肘が当たってしまうような有様だ。
「うるっさいな!さっきオロクさんにこき使われたせいでおなか空いちゃったんだからね」
 ニケアは饅頭をほおばりながら、まったく迫力のない様子で怒って見せたが、オロクは全く意に関せずという風だ。
「今日どうするの?泊まってくの?」
『おまえが聞くな』
「いや、夕食だけいただいて帰ろうかと・・・」
『あんたも図々しいな』
 2人のやりとりに、オロクはいちいち表情だけで参加していたが、饅頭を食べ終わったあたりですぐに飽きたようだ。
「・・・さて。じゃあ、俺はでるぞ」
 よっこらしょ、とかけ声をあげて立ち上がるオロク。
「オロクさん、おじんくさいよ」
「いいんだ」
 背中で答えて、のしのしと階下へと姿を消した。
「ゆっくりしてっての一言も言えないんだよねー、オロクさんは」
 うっかり忘れそうになるが彼女もザハーク同様半分勝手に上がり込んでいるクチだ。
「出ていって欲しかったら出ていけと言うだろう、彼は」
 ザハークが指摘すると、ニケアは目を丸くした。
「あ〜〜っ!・・・ははっ、確かにそうだねぇ」
 しきりに感心している。
 階下で玄関に取り付けられたベルが鳴る音が聞こえてきた。続いてガチャン、と自転車のスタンドを上げる音。
 ニケアがベランダから顔だけを出して、下をのぞき込むと、ダウンジャケットを大げさに着込んだオロクが見えた。
「オロクさん行ってらっしゃ〜い・・・そういえば、どこに行くの?」
「シンロウヤ。来るな」
「えー、晩ご飯の買い物?早く言ってよ!」
 じゃあね、ザハークさんゆっくりしてってね!というニケアの元気な声に、オロクの抗議の声はすっかりかき消されてしまった。
 ちょっと間があって、来るなとか何か着ろとかオロクが盛大に文句を言っているのが遠ざかりつつ聞こえた。ニケアのやったようにザハークもベランダから顔を出してみると、オロクの自転車をニケアが引っ張って並んで歩いている姿が、見通しの悪い路地の向こうに曲がっていったようだった。走って追いかけて、今日は無事に捕まえたようだ。やれやれ、ひと安心だ。
「・・・さて」
 ザハークはさっそく、ポメラを開く。
 急に静かになったレルカーの、こんな時間を共有するのにポメラは最良の友人になるだろう。


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 ポメラを入手してホクホク顔のザハークが何故か脳裏に浮かんだので。
 ちゃんと設定したら面白いかも…と後から気づきましたが難しいかな。

 どうもオロクとニケアが落ち着いたCPみたいなかんじに書けて仕方がないんですが…単にニケアが人懐こいのとオロクが割と「好きにしろ」屋さんだからだという相乗効果じゃないかなと…思ってるのは自分だけなのかな。